医療経営・診療所経営

M&Aの目的とは?クリニックにおける買い手と売り手の目的や注意点を解説

公開日
更新日
M&Aの目的とは?クリニックにおける買い手と売り手の目的や注意点を解説
M&Aの目的とは?クリニックにおける買い手と売り手の目的や注意点を解説

クリニックの経営者にとってM&Aは、後継者問題の解決や事業拡大、業績改善など、様々な経営課題を解決する有効な手段です。

ただしクリニックのM&Aでは医療業界特有の規制や患者離れ、許認可の問題など注意しなければならないポイントもあります。

本記事ではクリニックのM&Aにおける、買い手と売り手のそれぞれの目的やM&Aの種類、成功するためのポイントを詳しく解説します。

病院・クリニックの承継をご検討中の方はプロに無料相談してみませんか?
エムステージグループの医業承継支援サービスについての詳細はこちら▼

M&Aの目的

まずは、事業全体から見たM&Aの目的を解説します。

M&Aは複数ある会社が1つに合併(Merger)したり、会社や事業を買収(Acquisition)したりすることです。

売り手側はさまざまな背景から、会社や事業を手放す際にM&Aを利用します。一方で買い手側は、事業規模を拡大したり、新たな分野に挑戦したりする際にM&Aを利用します。

企業の買収や合併と聞くと、ネガティブなイメージを持たれる方も少なくありません。

買収した企業の経営状況を改善するために、買い手側が大規模な人員削減や事業の縮小を行うことがあるためです。

買い手側としては経営状況の改善は当然に行うことですが、買収された企業で働いていた従業員や世間にとっては「リストラ」という恐怖心だけが先行します。

実際に、日本でバブルが崩壊したあとの1990年代には、日本の企業が海外の企業に買収される出来事も数多くあり、ネガティブなニュースによって悪い印象を持つ人も少なくありませんでした。

しかし、経営者が抱える多くの悩みがM&Aによって解決できることが広く認知されてきたため、M&Aに対するイメージは年々良くなってきています。

次に経営者がどのようなことに悩み、M&Aを行うのか解説します。

M&Aをする理由

買い手側と売り手側が、M&Aを行うおもな理由は下記のとおりです。

売り手側の理由買い手側の理由
後継者不在の解決経営不振からの立て直し事業の発展従業員の雇用維持債務整理や財務改善経営者の引退や事業からの撤退事業規模や市場シェアの拡大新規事業や新市場への参入技術やノウハウの獲得優秀な人材の確保競合他社の排除

特に近年は、経営者の高齢化と後継者不足の問題が深刻化しており、M&Aの需要が非常に高まっています。

また、財務省がリリースしている広報誌においても、M&Aの活用が日本企業を成長させる要素として欠かせないと書かれています。

“成長に向けた取組みとして、設備投資および研究開発の規模は、対GDP比でみると日本が米国に劣後する訳ではないが、M&Aの金額においては大きな差がある。技術やネットワーク等を既に有している既存企業を取り込むことによって「時間を買う」ことが可能なM&Aにより、一部の米国企業は急速な成長を実現していると考えられる。今後、成長を志向する日本企業においては、同様にM&Aの積極的な活用が必要不可欠となるであろう。”

出典:財務省 広報誌「ファイナンス」|M&Aを通じた日本企業の成長について

M&Aは経営者が抱える様々な問題解決につながるだけでなく、日本全体の成長につながる要素としても重要な役割を担っているのです。

クリニックにおけるM&Aの分類

クリニックのM&Aには、医療機関の事業を引き継ぐ方法によって3つの手法(スキーム)に分類されます。

  • 買収(譲渡)
  • 合併
  • 分割

クリニックのM&Aでは、医療業界特有の規制や許認可の必要性から、一般企業のM&Aとは異なる考慮が必要です。

なお、ここでは一般的なM&Aでよく使われる用語として「買収(譲受)」などの記載をしておりますが、クリニックのM&Aでは「医院継承(医業承継)」と呼ぶことも多いです。

それぞれの手法について詳しく解説していきます。

買収(譲受)

クリニックにおける買収(譲受)とは、既存のクリニックの事業や資産を別の医師や医療法人に引き継ぐ手法のことです。特徴は以下の通りです。

  • 売り手側はクリニックを一旦廃院し、買い手が新たに開院をする
  • 医療設備のリース契約や従業員との雇用契約は新たに巻き直す
  • 不動産は売買または賃貸借契約で継承する
  • 個人開業医と医療法人では手続きが異なる

なお、医療法人の場合は出資持分の譲渡という形で承継することもあります。この場合、医療法人格はそのままに、経営権が移ります。

合併

クリニックにおけるM&Aの合併とは、複数の医療法人が1つの法人に統合する手法のことです。

さきほどの買収(譲受)は「クリニックそのもの」がM&Aの対象でしたが、合併は「クリニックを運営している医療法人」が対象です。

一般的なM&Aの合併には「吸収合併」と「新設合併」の2種類があります。

  • 吸収合併:Aの医療法人がBの医療法人を吸収して一つの医療法人になる
  • 新設合併:Aの医療法人とBの医療法人が解散をしたあと、Cの医療法人を設立する

新たな医療法人の設立は難しいこともあるため、医療法人の合併においては、基本的に「吸収合併」が行われます。

合併には以下のようなメリットがあります。

  • 診療圏が拡大する
  • 病床の移動ができる
  • 医療設備を共有できる
  • 人材を共有して効率的に活用できる
  • クリニックそのもののM&Aに比べると手続きがスムーズ

なかでも、同じ医療圏の場合、病床の移動ができる点は合併の大きなメリットです。

たとえばAの医療法人に150床、Bの医療法人に50床があった場合、Aの医療法人からBの医療法人に50床の移動ができます。

ただし、合併の場合は吸収したクリニックの債務もすべて引き継ぐことになるため、事前のデューデリジェンスがとても重要です。

分割

医療法人の分割とは、1つの医療法人の事業や資産を複数の法人に分ける手法のことです。

【分割と合併の違い】

  • 分割:1つの医療法人から複数の法人へ分かれる
  • 合併:複数の医療法人が1つの法人に統合される

【分割の種類】

  • 新設分割:新たに設立する医療法人に事業を承継
  • 吸収分割:既存の他の医療法人に事業を承継

医療法人がクリニックを分割して承継することで、下記のようなメリットがあります。

  • 権利や義務を包括的に承継できる
  • 事業譲渡よりも手続きが簡素化される
  • 従業員の雇用関係を継続できる
  • 適格分割と認められた場合は譲渡益に対して課税されない

ただし、分割をできるのは「出資持分なしの医療法人」のみです。

分割が認められている医療法人分割が認められない医療法人
出資持分なしの医療法人特定医療法人社会医療法人出資持分ありの医療法人

関連記事:医療法人の分割制度|承継におけるしくみや注意点とは

クリニックのM&Aにおける買い手側の目的4つ

クリニックのM&Aにおいて、買い手側には明確な目的があります。資金力のある医療法人による事業拡大から個人医師の開業まで、その目的はさまざまです。

ここでは、買い手側がM&Aを選択する4つの主な理由について解説します。

事業を拡大するため

自社の事業拡大のために、M&Aを活用してクリニックを譲り受ける方は多くいます。

M&Aによる事業拡大には、新規開業と比べて数多くのメリットがあるためです。

  • 既存の患者基盤や設備を引き継げる
  • 開業までの時間を短縮できる
  • 地域に根付いた信頼関係もある程度継承できる

特に人口減少が進んだ地域では「こんな地域のクリニックでは、承継先も見つからないだろう」と考えるクリニック経営者の方もおられるのですが、決してそんなことはありません。

地方のクリニックであったとしても、経営状況が良ければ事業拡大のために譲り受けたい方は多くいます。

▶関連記事:地方都市でも多くの買い手が集まり高額譲渡に成功した医院継承事例

開業時のコストを抑えるため

クリニックのM&Aでは、新規開業に比べてコストを大幅に抑えられる点が、買い手側にとって大きな魅力の一つです。

新規開業では不動産取得や内装工事、医療機器の購入など、数億円規模の初期投資が必要になることも多くあります。M&Aなら既存の設備や内装をそのまま活用できるため、大きなコスト削減が可能です。

開業時の費用負担を抑えられることから、承継開業を選ばれる開業医の方は多くいらっしゃいます。

開業後の早期黒字化を期待するため

クリニック開業後に早期黒字化を目指したい方には医業承継がおすすめです。

既存の患者基盤を引き継ぐことで、開業直後から一定の収益を確保できるためです。初めて開業をする医師にとって、患者がゼロの状態からスタートすることは大きなリスクとなります。

新規開業では、知名度を上げ患者を集めるまでに時間とコストがかかり、その間の収益は見込めません。

しかし、医業承継なら既存の患者の多くが継続して通院してくれるため、安定した収益基盤を確保できます。新規開業に比べるとリスクを低減できて、開業直後からある程度の収益が見通せる点が承継開業の魅力です。

ノウハウや手技のある医師も獲得するため

では、売り手となった医師の技術やノウハウを継承しながら、事業の拡大も実現可能です。

たとえば循環器内科など専門性の高い分野では、承継後も売り手の医師がそのまま継続して診療するケースがあります。医師を継続して確保できれば、医療の質を維持しながら新たな診療科を追加したり、診療圏の拡大をしたりする事業展開がスムーズに進められます。

特に患者から高い信頼を得ている医師の場合、継続して診療することで「患者離れ」のリスクが軽減するのもメリットです。

クリニックのM&Aにおける売り手側の目的4つ

クリニックのM&Aを検討される先生には、さまざまな事情があります。

「エムステージマネジメントソリューションズ」では、これまで多くの先生からご相談を受けてきました。ここでは私たちにご相談いただいた実際の事例から、クリニックを譲渡しようと決意される4つの理由をご紹介します。

後継者がいないため

クリニックのM&Aで最も多い理由が「後継者不在」の問題です。

多くの開業医は子どもに継いでもらうことを期待するものですが、最近では医師の子どもが勤務医など別の道を選ぶケースも増加傾向にあります。

そのため、経営者の院長ご自身が現役でいられるうちに、M&Aを通じて第三者への承継先を探されるのです。

M&Aによって適切な後継者が見つかれば、院長ご本人の引退後の安心だけでなく、長年通院してきた患者さんの医療環境も守れます。

体調不良で診療の継続が難しいため

院長自身が「まだまだ現役でがんばれる」と思っていたとしても、突然の体調不良などで診療が難しくなるケースも多くあります。

そのような事態に備えて、医師が元気なうちからM&Aによる承継を検討しておくことも重要です。

首都圏で「たなか泌尿器科クリニック(仮称)」を経営していた院長の田中先生(仮名)は、70歳を過ぎてから体調を崩されました。

精密検査を受けたところ神経系の疾患が見つかり、しばらく休診を余儀なくされたのです。年齢も考慮した結果「診療の継続は難しい」と判断され、そこから第三者への承継を探し始められました。

一般的にはクリニックを休診すると医療機関の価値が下がり、候補者とのマッチングも難しい傾向にあります。患者が離れてしまい、たとえクリニックを再開したとしても以前のような経営状態に戻すのは困難だと考えられるためです。

年齢や体力的なことを考慮したうえで、早めにM&Aによる承継も視野にいれておくことをおすすめします。

関連記事:休診中のクリニックが希望価格で医院継承できた理由

クリニックの業績不振が続いているため

クリニックの収益低下や業績不振も、M&Aを検討する大きな理由の一つです。

クリニックを手放すことを決意された「秦野内科クリニック(仮称)」では、診療は適切に行われていたものの、経営施策の不足や競合の増加などが原因で、年間収益が1,000万円を下回るまで業績が悪化していました。

業績不振に陥る主な要因として、広告宣伝を行っていなかったり競合クリニックが増えたりなど、さまざまな要因がありました。このような状況から、院長一人で経営改善を図ることは容易ではありません。

そこでM&Aによる承継が有効な方法となります。

買い手側の経営ノウハウや経営資源を活用することで、クリニックの業績回復が期待できるためです。

経営状況の良いクリニックのほうがM&Aでマッチングしやすいのは当然のことですが「経営状況が良くないクリニック=買い手が現れない」というわけでもなく、買い手が見つかりやすいこともあります。

▶関連記事:収益が悪化したクリニックを訪問診療の拠点として活用した医院継承事例

従業員などのマネジメントに苦難しているため

医療機関では、スタッフのマネジメントの問題がM&Aを検討する要因になることもあります。

たとえば、医師と職員の関係や職員同士の関係が良好でない場合、診療業務に支障をきたす可能性があります。

おおき内科クリニック(仮称)の事例では、管理医師(院長職)のマネジメントが行き届かず、医師や職員の関係性も悪化していました。このような状態では円滑な業務運営が難しくなり、結果として売上の減少にもつながります。

そこでM&Aによる承継を行い、マネジメントの改善を行おうと考えられたのです。承継することで医師や職員体制を刷新し、新たな院長のもとで組織体制を立て直せます。

たとえば、経験豊富な看護師や医療事務を採用したり、接遇教育を充実させたりすることで、職場環境の改善が期待できます。

今回の事例においても、非常に熱意ある先生とのマッチングに成功し、双方が満足できる承継につながっています。

関連記事:医業承継(医院継承)をきっかけにマネジメント面の改善を実現

医療業界もM&Aの需要が増加傾向

医療業界では、開業医の高齢化と後継者不在の問題が深刻化しているため、M&Aの需要も大きく増加しています。

帝国データバンクの調査によると、2023年度の医療機関の休廃業・解散は709件で過去最多を更新し、10年前に比べて2.3倍にまで増加した結果が出ています。

出典:株式会社帝国データバンコク|医療機関の「休廃業・解散」動向調査 (2023年度)

業態別でみると「診療所」が580件(構成比81.8%)と最も多く、「歯科医院」が110件(同15.5%)となっており、両業態とも過去最多を更新しています。

また、日本医師会の「医業承継実態調査」(2020年1月)によると、診療所の47.9%で「現時点で後継者はいない」という状況です。

出典:日本医師会|医業承継実態調査

日本の医療機関はこのような現状になっており、高齢化や後継者不在などの問題を抱えた数多くのクリニックが、M&Aによる承継を検討されています。

今後も医師の高齢化と後継者不在の問題から、M&Aの需要はさらに高まることが予想されます。

医療業界のM&A特有のリスクや注意点

クリニックのM&Aは一般企業のM&Aとは異なり、医療法をはじめとする様々な規制や制約があります。特に注意すべきリスクとして、患者離れや従業員の退職、行政手続きの問題など医療機関特有の課題が存在します。

クリニックの承継を成功するためにも、あらかじめリスクや注意点をしっかりと理解し、対策を行いましょう。

患者や従業員が離れる可能性がある

医院継承(M&A)において注意すべき点として、患者離れや従業員の退職があります。

特にクリニックは「かかりつけ医」として地域に根付いていることもあり、医師が変わることで長年の信頼関係が途切れ、患者が離れることもあります。

実際の事例でも、承継直後は一時的な患者数の減少が見られることも多いです。また、従業員についても、新しい経営者との相性や方針の違いから退職するケースがあります。

特に看護師や医療事務など、患者との関係も近いスタッフが退職すると、患者が新しい経営者に対して誤解し、さらなる患者離れを招くかもしれません。

このような事態を防ぐためには、承継後も一定期間は前院長が非常勤医師として診療を継続したり、スタッフとの丁寧なコミュニケーションを図ったりするなどの対応も必要です。

病床の許認可がおりない可能性がある

医院継承(M&A)では、病床に関する許認可の問題が大きなリスクになることもあります。

都道府県ごとに必要病床数が定められており、すでに基準病床数を超えている地域では基本的に新規の病床が認められないためです。

このため病床のあるクリニックの承継では、既存の病床をそのまま引き継げない可能性もあります。M&Aを検討する際は事前に管轄の保健所や都道府県に相談し、許認可取得の可能性を確認することも欠かせません。

行政手続きの不備でスムーズな承継ができない可能性がある

行政手続きの不備が発生し、承継後の運営に支障をきたすケースもあります。

たとえば医療法人が承継後に医療法人名の変更を申請しようとした際、前経営者が必要な事業報告書の提出や役員の重任手続きを怠っていたことが発覚したケースがあります。

そのあと、売り手側は過去の未提出分をすべて遡って対応する必要が生じ、予定していた医療法人名の変更が大幅に遅延する事態となったのです。

このようなトラブルを防ぐためには、承継前のデューデリジェンスにおいて、過去の行政手続きの履歴も丁寧に確認し、医療業界特有の手続きや制度に精通した仲介業者に依頼することも重要です。

M&Aでクリニックの目的を達成するには専門家のサポートも大切

クリニックのM&Aを成功させるには、医療業界特有の法規制や実務上の課題を熟知した専門家のサポートが欠かせません。

医院継承(M&A)では、複雑な行政手続きの途中で不備が起きたり患者離れが発生したりと、一般企業のM&Aとは異なるリスクが存在するためです。

特に重要なのは、事前のデューデリジェンスを入念に行い、潜在的なリスクを洗い出すことです。また、譲渡後も運営や資金計画など、承継後を見据えた準備も必要となります。

これらの手順をヌケモレなく適切に進めるためにも、医療業界を専門としたM&A仲介業者を選びましょう。

「エムステージマネジメントソリューションズ」では3.9万人以上もの医師とネットワークがあり、買い手と売り手双方の目的に合ったマッチングを数多く実現してきました。

医療経営士の資格を持ったコンサルタントが、スムーズな承継が実現するようにサポートするのはもちろんのこと、承継開業後もクリニックの運営に関するサポートが可能です。

クリニックのM&Aを検討されているのであれば、ぜひ一度無料相談をご活用ください。
エムステージに無料相談をする

この記事の監修者

田中 宏典 <専門領域:医療経営>

株式会社エムステージマネジメントソリューションズ代表取締役。医療経営士1級。医業承継士。医療機器メーカー、楽天を経て株式会社エムステージ入社。医師紹介事業部の事業部長を経て現職。これまで、病院2件、診療所30件、介護施設2件の事業承継M&Aをサポートしてきた。エムステージグループ内のM&A戦略も推進している。プレジデント社より著書『”STORY”で学ぶ、М&A「医業承継」』を上梓。

医業承継バナー_売却_1 医業承継バナー_買収_1
▼おすすめの買収・売却案件はコチラ!▼

最新のニュース&コラム

ニュース&コラム一覧に戻る