収益が悪化していたクリニックを譲り受け、訪問診療の拠点として活用
収益性が低いために承継が難航していたクリニックだが、訪問診療エリア拡大の事業ニーズとマッチすることに気づいたM&Aアドバイザーが買い手に提案し、承継を実現
エリア | 中部圏 |
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診療科目 | 内科 |
運営組織 | 個人経営 |
譲渡理由 | 早期リタイア |
運営年数 | 20年 |
目次
初めにお断りしておきますが、今回の案件は、売り手となった先生から私たちに直接ご連絡をいただいたものではありません。
売り手の先生がM&AアドバイザーのA氏に仲介を依頼しており、そのA氏から、私たちに「買い手さんになりそうな医療法人などをご存じありませんか」というご連絡をいただいたものです。
A氏も買い手を探したのですが、売り手クリニックの収益性が低いことなどから、買い手探索が難航しているということでした。
通常、収益の状況が悪いクリニックは、承継のマッチングは難しくなります。しかし、買い手側の事業ニーズにうまく適合すれば、むしろ買い手にとっては事業拡大のチャンスとなることもあります。
今回は、収益性の低いクリニックが、買い手のニーズにうまくはまった事例です。
【売り手側】業績不振のクリニック。早期リタイアを望む
売り手は、中部圏某市にあるHG内科クリニックの院長、HG先生(55歳)でした。
20年ほど前に、某市の中心部に近い住宅街の一角にHGクリニックは開院されました。院長以外に、交代で勤務する看護師が2名と事務スタッフが1名だけの小さな規模です。
開院からしばらくの間は、平均的な患者数があったようです。しかし、10年を過ぎたころから、だんだん患者数が減り始めています。
クリニックのある地域は、中部地方の中心都市に近いベッドタウンです。流入人口もあるため大幅な地域人口減少は生じていません。
では、なぜ患者数が減少したかといえば、増患のための経営施策に取り組んでいないことと、周囲に競合クリニックが増えたことが理由のようです。
具体的にはまず、HGクリニックは一切の広告・宣伝を行なっていませんでした。もちろん、ホームページもなく、今の時代としてはかなりのマイナス要素でした。
また、院長の診療はしっかり行われていたものの、スタッフの労務管理が行き届いていない部分があり、患者への対応が悪いという評判が立っていました。近年はグーグルマップなどで悪い口コミが増えていましたが、何ら対応せずに放置しています。
さらに、20年の間には同じ診療科のクリニックも近所にいくつか開院されました。そういったさまざまな要因が重なり、この5年ほどは患者数がかなり減ってきたのです。結果として、直近の年間収益は1,000万円を下回るまでに落ち込んでいました。
そして、HG院長はクリニックを売却してリタイアすることを決断しました。
クリニック不動産は譲渡せずに賃貸へ
HG院長はクリニックのM&A譲渡を希望してM&A仲介会社に依頼をしました。収益状況が悪いことなどから、譲渡額の見積もり評価は高くありませんでしたが、HG先生は自院の状況を理解していたため、その点は納得なさいました。
ただし、HG先生の個人所有であったクリニックの土地・建物は譲渡せずに、クリニックの買い手に賃貸して、家賃収入を払ってもらうことがクリニック譲渡の条件として挙げられました。
【買い手側】積極的にM&A譲り受けを進めている若手理事長の医療法人
買い手は、HGクリニックと同県内に3か所のクリニックを運営していた医療法人BC会でした。
BC会が設立されたのは当時から2年ほど前でした。理事長のBC先生はまだ30代と若く、同県内や近隣エリアで今後複数のクリニックをM&Aにより譲り受けながら事業規模を拡大していくビジョンを掲げて医療法人経営にあたられていました。そこで以前から私たちに、「良い譲渡案件があれば紹介してほしい」と依頼をされていました。
事業計画の空白エリアを埋める提案に、譲り受けを即決
私たちは、過去の面談などを通じてBC先生の経営ビジョンや、事業計画を理解し把握していました。
そのビジョンとは、今後進展する高齢化を踏まえて訪問診療を中心としながら外来も行う、2本柱で運営されるクリニックが増えていくべきだというものです。また、事業計画としては、まず県内で訪問診療できるクリニックを増やして県内全域をカバーし、次に隣県へと面展開していく構想でした。
事業計画を推進するためのミッシングピース
HGクリニックの話が持ち込まれたとき、すぐに、BC会の事業計画に役立つのではないかと感じました。調べてみると、HGクリニックの立地はちょうどBC会の既存クリニックの訪問診療エリアからは外れている空白エリアでした。
また、HGクリニックの建物は比較的大きく、外来に加えて訪問診療の事業を行うためのスペースも十分あります。
それを踏まえて「HGクリニックは県内での訪問診療事業の空白エリアを埋め、事業計画を進めるためのミッシングピースになります」とBC先生にご提案したところ、先生はとても喜んで、すぐに譲り受けの意向表明を提出してくださいました。
収益性が低いことが、かえって買いやすい要素に
先に述べたように、HGクリニックは非常に収益性が低かったのですが、そのために譲渡評価額も1,000万円を下回る金額でした。
つまり、単純に金額だけを見れば投資をしやすいといえます。この点もBC先生の即決に繋がった面があったと思われます。
後でも述べますが、M&Aでの譲り受けは買い手にとっては事業投資です。そのため、たとえ収益性が高いクリニックでも、それ以上に譲渡価格が高ければ投資資金の回収には時間がかかります。逆に収益性の低いクリニックでも、あくまで事業ニーズを満たすという前提の上で、初期の投資コストが低ければ回収期間が短くなるというメリットが得られる場合もあるのです。
最終段階で、不動産賃貸契約に関するトラブルが発生
売り手のHG先生のほうも早くリタイアをしたいという意向があり、M&A交渉はスムーズに最終段階まで進みました。
しかし、最終契約の時点でM&A自体ではなく、その後の不動産賃貸の契約を巡ってトラブルが生じてしまいました。売り手のHG先生が、不動産の賃貸借契約について、借り手にかなり不利な条件を提示してきたのです。
具体的には、賃料を支払うべき契約期間を通常以上に長期間設定することなどです。
これについては買い手のBC先生は難色を示し、一時は破談しかけました。
しかし、多少不利な不動産の賃貸借契約があってもBC会の事業計画の進展に資することや、譲渡金額が低さなどを総合的に勘案すれば、投資として成り立つとBC先生は判断します。
そして、最終的には買い手が売り手の意向をほぼ受け入れる形で合意に至り、契約が締結されました。
本事例のポイント
最後に、本事例のポイントをまとめておきます。
①業績の悪いクリニックが、必ずしも悪い売り案件とは限らない
譲渡を希望しているクリニックの中には、収益性が低く財務内容が悪いところも少なくありません。一般的には、そういったクリニックは譲り受けの対象にはならないと思われるでしょう。
しかし、M&Aによるクリニックの譲り受けを「事業投資」という視点で考えると、収益性が低いクリニックでもそれに応じた低い評価額で譲り受けることができるのなら、初期投資コストを抑えた開院が可能になるというメリットが得られる場合もあります。
そのためには、今回の事例のように経営内容を大きく転換させる、あるいは経営刷新をできるということが前提がとなります。それができるのなら、いわば“磨けば光るダイヤの原石”をコストを抑えながら入手できるケースもあるのです。
②買い手は、ビジョンや事業計画を起点にした提案をしてもらえるか
今回の事例では、私たちが買い手であるBC先生の事業ビジョンや事業計画を理解していたため、HGクリニックの話が持ち込まれたときに、それがBC会に適する可能性が高いとすぐに判断することができました。
譲渡案件を紹介するM&Aアドバイザーが、単に多くの買い手とのコネクションがあるということではなく、経営ビジョンや事業計画を深く理解していることが大切なポイントです。
その理解があれば、今回の事例のように通常だと買い手を見つけることが難しい譲渡案件でも、「この医療法人の事業ならば適合するはずだ」と判断することができるためです。適合性が高いマッチングは、売り手にも買い手にもメリットのあるWin-Winの結果を導きます。
③M&A本契約とは別の本質的な契約がある場合は要注意
クリニックは建物がなければ運営できないため、不動産に関する契約はクリニックのM&Aにおいて本質的な要素です。
不動産がM&Aの譲渡内容に含まれるのであれば、その譲渡契約中で処理できます。しかし、M&A契約とは別に不動産賃貸契約が必要になる場合は、M&A契約と同様に内容を確認しておく必要があります。
不動産の貸主が医療モール運営会社などの第三者であれば、既存の契約があるので、その内容を参照しておくことができます。通常は、既存の契約内容をそのまま、あるいは一部改変して引き継げるでしょう(こちらは場合によります)。
しかし、今回のようにクリニックの売主が不動産の貸主になる場合は、新規の賃貸契約をゼロから結ぶことになります。契約内容がどんな内容になるかわからないため、この場合は特に早期から賃貸契約確認をしておくことが大切です。
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