医業承継時のスタッフ引き継ぎ・採用のポイント

売却 2023/08/29

医療機関は、スタッフ(医師、看護師、事務員等)と雇用契約を結び、働いてもらっています。

この雇用契約について、M&Aによる医業承継後も、原則的にそのまま引き継ぐことができる場合と、できない場合とがあります。これは、大きく分けると、そのM&Aが「事業承継」なのか、「法人譲渡」なのかによって異なります。事業譲渡の場合のほうが、雇用契約の処理が複雑になるため、本記事では、前半で事業譲渡の場合における雇用契約の処理について解説し、後半で法人譲渡の場合について説明します。

あわせて、引き継ぎだけでは人員が不足するため、新規に採用したりする場合もあるため、それらの論点も説明します。

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事業譲渡の場合のスタッフ引き継ぎスキーム

「事業譲渡」とは、事業を構成する権利義務(資産・負債・契約など)の1点1点を個別に買い手に承継させるM&A手法です。譲渡対象となる権利義務の範囲は売り手と買い手の協議により決定し、事業譲渡契約書に明記します。

個人事業経営(医療法人以外)のクリニックのM&Aにおいては、必ず事業譲渡となります。具体的には、いったん、売り手がクリニックを廃業して同じ場所で買い手が開院するという流れになります。これはクリニックの開院許可を譲渡することができないためです。

一方、医療法人が経営している医療機関の場合、医療法人自体を譲渡する場合(法人譲渡)と、医療法人が経営しているうちの一部の病院やクリニックを譲渡する一部事業譲渡とがあります

事業譲渡では、雇用契約を巻き直さなければならない

事業譲渡による承継の場合、承継前から働いていたスタッフに、承継後も同じ職場で働いてもらう(雇用契約を承継する)ためには、スタッフ本人の同意を得た上で、雇用契約を変更させなければなりません

その際の方法は2つあります。1つは、契約上の地位を移転する、つまり雇用契約の一方の当事者である雇い主を、医療機関の売り手から買い手に移転する方法です。

もう1つは、売り手において雇用契約をいったん解消して、買い手において新たに同じスタッフと雇用契約を再締結する方法です。

いずれの方法でも、必ず、雇用契約の相手方(スタッフ)の同意が必要です。

また、医療法人が雇用契約を承継しようとする場合、厚生労働省の「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」に従い、スタッフ当人および労働組合(労働組合がない場合は労働者代表)との事前協議を実施する必要があります。

(参考:厚生労働省「「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」の概要」

新しい職場への移籍を望まないスタッフがいた場合の対応

M&A後に、買い手が経営する新しい職場では働きたくないというスタッフがいた場合はどうなるでしょうか。

まず、複数の病院・診療所を展開する医療法人が一部の病院・診療所を譲渡する場合など、事業の一部のみを譲渡し、売り手が医療機関として存続するケースでは、スタッフには売り手のもとに残留するという選択肢があります。

この場合、原則として、当人が同意しなければ労働契約の承継は成立せず、承継を拒んだスタッフは売り手のもとに残留することになります。

承継を拒んだことを理由に解雇したり、労働条件を悪くしたりすることは、労働契約法違反となります。

また、個人事業経営の場合は、廃業になるため、買い手のもとで働くことを希望しない場合は辞めてもらうしかありません。通常は、そのような場合、スタッフから申し出て自主退職となるでしょう。

スタッフが自主退職をしない場合は、退職金増額・再就職先あっせんなどを提示して話し合いの上での退職をお願いすることになります。これを「退職勧奨」といいます。

さらに、退職勧奨にも応じない場合は整理解雇ということになります。しかし、使用者側の都合による整理解雇には「整理解雇の4要件」と呼ばれる厳しい要件が課されます。

通常は、話し合いで辞めてもらうようにすることが望ましいでしょう。

スタッフ引き継ぎ・採用における労働条件・退職金・有給休暇の扱い

雇用契約の承継にあたっては、労働条件の変更や退職金・未消化有給休暇に関する債務の扱いがしばしば問題となります。

契約上の地位の移転による場合

契約上の地位の移転により雇用契約を承継する場合、労働条件や退職金・有給休暇に関する債務(与える義務)は原則としてそのまま買い手に承継されます。

労働条件を変更するのであれば、承継後に別途協議することになります。労働条件をスタッフにとって不利益な方向に変更する場合、原則としてスタッフの同意が必要です。

なお、スタッフの勤続年数は買い手に引き継がれ、将来的に買い手のもとで働いた年数と合算して退職金が支給されることになります。

一般的に、承継される債務の額が大きいほど譲渡対象事業の価値は下がります。退職金・有給休暇の債務が承継されるのであれば、その額に対応して譲渡対価も下がるのが通例です。ただし、譲渡対価は最終的に売り手と買い手の協議で決定され、債務の額がどれくらい反映されるかは協議次第です。

雇用契約終了→再契約の場合

売り手との雇用契約をいったん終了させて、買い手との間で再契約をする場合、買い手とスタッフとの間で、新規に労働条件などが協議され、スタッフが同意すれば雇用契約が成立します。つまり、契約面においては、新規の採用と変わりません

売り手のもとで発生した退職金や未消化有給休暇については、原則として売り手の医療機関を退職する際に精算されているはずですので、買い手との契約には影響を及ぼしません。

引き継ぎ・採用における条件には十分な配慮が必要

事業承継のM&Aにより雇用契約を巻き直すとはいっても、実際には、同じスタッフとの雇用関係を引き継ぐことになります。

買い手にとっても、新規のスタッフを採用して教育するよりも、その医療機関の仕事に慣れたスタッフを採用したほうが、通常はメリットがあるでしょう。

そのメリットを感じたいのであれば、新たな雇用契約の締結に際しては、従前の給与や勤務時間、業務内容、また、退職金の額などに十分配慮する必要があります

原則的には、M&A前の条件と同じにするか、それよりも良い条件を提示するほうがいいでしょう。いずれの場合においても、スタッフが同意をすれば、M&A後に、スタッフの給与などの待遇を下げた雇用契約とすることは可能ですが、同意が得られたとしても、不利益変更はスタッフの大きなモチベーション低下や離職を引き起こす恐れがあるためです。

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法人譲渡の場合のスタッフ引き継ぎスキーム

法人譲渡とは、医療法人の社員(社団法人構成員)や評議員、役員、理事長を入れ替えることで経営権を売り手から買い手に移譲するM&A手法です。出資持分や基金の定めがある医療法人では、出資持分・基金の譲渡をあわせておこなわれることが一般的です。

法人譲渡によるM&A場合、“法人の所有者”が変わるだけなので、法人とスタッフとの間で結ばれた雇用契約には影響を与えません

別段の手続きを取らなければ、譲渡前の法人で雇用されていたスタッフとの雇用契約は新体制の法人にそのまま引き継がれ、労働条件や退職金・有給休暇の債務も承継されます。

なお、医療法人のM&A手法には、合併(2つの医療法人が一体化する手法)と分割(一部の事業を切り離して他の法人に一体化する手法)もあります。

法人合併では雇用契約が合併後の法人にそのまま引き継がれます。法人分割では雇用契約の引き継ぎに関して特別な手続きが求められますが、医療機関のM&Aにおいて法人分割が利用されることはまれなので、ここでは説明を割愛します。

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医業承継時の新スタッフ採用の留意点

売り手から引き継いだスタッフでは不足する場合、新しくスタッフを雇用することになります。

新旧スタッフの間に待遇をめぐってわだかまりが生じると、承継後の事業遂行に支障を来す恐れがあるため、双方の立場から納得感のある待遇を設定することが重要です。

医業承継時のスタッフ採用の進め方

不足するスタッフは求人媒体や人材紹介会社などを通して募集することになりますが、募集や採用のタイミングについて配慮が必要です。

人材確保のため早めに募集・採用したいところですが、譲渡契約締結前にはM&A交渉が破談になるリスクがあり、締結後も譲渡実行まではM&Aが不成立に終わる恐れがあります。

新体制での開院希望時期とこれらのリスクを天秤にかけ、適切なタイミングを計る必要があります。

まとめ

医業承継でのスタッフ引き継ぎ・退職や新スタッフ採用においては、M&Aに直接関連する法令だけではなく、労働法に関する専門的な判断が求められます。いうまでもなく、雇用契約は、スタッフにとっては自分の生活がかかっている非常に重要な問題であり、労働法に則った正しい対応を取らなければ、後々まで禍根を残すことになります。その点、十分に注意して、M&Aを検討する場合は、医業承継に精通したM&A専門機関などのサポートを受けながら、最適な選択肢を検討してください。

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