医業承継(医院継承)における買収監査(デューデリジェンス)について
目次
買収監査(デューデリジェンス)とは、M&Aで買い手側が売り手の経営状況やリスクを評価するための詳細な調査です。税理士・弁護士・コンサルタントなどの専門家が関与し、財務、税務、法務、人事、建物などの分野を調査します。売り手は個人情報保護や事実隠蔽に注意し、買い手は専門家を起用して重点範囲を効率的に調査する必要があります。問題の明確化は最終交渉に役立ち、事業引継ぎの成功を助けます。
本記事では、医療法人・個人診療所の第三者承継(M&A)における買収監査について、医業ならではポイントを含めて解説します。
買収監査(デュー・デリジェンス)とは
M&Aにおける買収監査とは、売り手側の経営実態や内部事情を把握し、買収対象としての価値や買収する上でのリスクを評価するために、買い手側によっておこなわれる詳細な調査手続きのことです。英語ではDue Diligence(デュー・デリジェンス)といい、しばしば「DD」と略されます。
買収監査は基本合意締結後におこなわれ、買収監査の結果をもとにして最終的な条件交渉がおこなわれます。
買収対象の経営実態や抱えているリスクを明らかにしないままにM&Aをおこなった場合、買収後に事業引き継ぎが滞ったり、潜在していた問題が顕在化して事業遂行に支障を来したり、実態に見合わない高い金額で買収してしまったりする恐れが高くなります。
そうした事態を避けるため、税理士・弁護士・コンサルタントなどの外部専門家を交えて買収監査を実施し、問題点を明らかにした上で最終条件交渉に進みます。
買収監査は売り手側の協力がなければ十分に遂行できません。そのため、基本合意書において、売り手側が可能な範囲で買収監査に協力することを義務として定めるのが一般的です。
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買収監査(デューデリジェンス)の内容と使われる資料
買収監査は税務、財務、法務、事業、人事・労務の分野を中心におこなわれます。そのほか、建物・敷地の調査などがおこなわれることもあります。
調査は主に各種の書類・資料を用いておこなわれますが、資料だけでは不十分な点については各部門の担当者や理事などへのインタビューも実施されます。建物・敷地については不動産鑑定士・一級建築士などの専門家による実物調査がおこなわれます。
買収監査の主な調査事項と調査対象資料を分野別にまとめると以下のようになります。
分野 | 調査事項 | 調査対象となる資料など |
---|---|---|
財務 | 会計処理の適正さのチェック 収益・経費・未収金などの実態把握 資産・負債の実態把握 簿外債務(帳簿外の債務)の確認 | 財務諸表・各種帳票・総勘定元帳・試算表 経理関係の規程 資産関係の資料(固定資産台帳、事業用土地・建物の一覧表など) |
税務 | 会計処理・税務申告の適正さのチェック 過去の税金納付や税務調査、課税 更正・修正の状況の把握 | 税務申告書、税金納付書 税務調査結果 法人税更正決定通知書・修正報告書 |
法務 | 許認可・医療規制に関わる事項のチェック 医療法人の社員の確認(現に社員である人物の特定) 医療法人の非営利性に関わる事項(配当行為・役員兼任など)のチェック 契約書のチェック(締結・管理の適正さ、M&Aの支障となる条項の有無) 係争中の訴訟や法的な紛争・トラブルの状況把握 | 許認可・届出・設置基準・各種指定に関する書面 医療監視の検査結果報告書 医療法人の定款、商業登記簿謄本、社員名簿、現在までの出資の異動を示す資料 関連会社(同族が経営するMS法人など)の定款・商業登記簿 関連会社・出資者との契約書 主要な取引先との契約書、賃貸借契約書、保険契約書 係争中の法的手続きや潜在的な紛争に関する記録一式 患者や取引先、地域住民などからのクレームに関する記録一式 |
事業 | 医療サービスの品質、患者層、地域の競合状況の把握 買収後を見据えた収益性・将来性の分析 | 社員総会・理事会・評議会議事録 レセプト 患者カルテ 診療行為別集計表 医療設備・IT設備(実物) |
人事・労務 | 法令遵守状況や労使関係のチェック 賃金水準、定着率、勤怠状況、教育・研修実施状況の把握 残業代未払債務・退職給付債務の確認 | 就業規則、雇用契約書 給与・賞与・年金・退職金の支払い規程や支払い状況を示す資料 過去の労災関係の記録一式 過去のリストラ関係の記録一式 |
買収監査の際に売り手が注意すべき点
売り手側は個人情報保護法違反や事実隠蔽による契約違反のリスクに注意する必要があります。
個人情報を含む資料の提供は慎重におこなう
事業者が保有している個人情報(個人を識別できる情報、例えば患者の氏名・生年月日・連絡先など)を第三者に提供する場合、原則的には本人の同意が必要とされています(個人情報保護法27条)。
しかし、事業譲渡や法人の合併・分割によって譲渡対象事業・売り手法人が買い手法人に一体化する場合には、同事業・法人に属する個人情報を本人の同意なしに買い手に提供することができます(譲渡対象外の事業に属する個人情報については本人の同意が必要です)。
買収監査は譲渡などが実行される前におこなわれますが、買収監査の段階であっても、患者カルテなどの個人情報を含む資料をそのまま買い手に提供することが可能です。
ただし、買い手に個人情報データを提供する際には、データの利用目的、取扱方法、漏えい発生時の措置、事業承継の交渉が不調となった場合の措置など、データの安全管理に関する規定をとりまとめた契約を締結する必要があります(基本合意書のなかにそうした規定を盛り込むのが効率的です)。
事実を隠蔽しない
買収監査で売り手にとって不都合な事実が判明すると、交渉力の低下、譲渡価格の減額、交渉中止などにつながる恐れがあることから、不都合な事実を隠蔽しようとする動機が売り手側には生じがちです。
しかし、以下の点から、事実の隠蔽は売り手に大きなリスクをもたらします。
- 基本合意における「買収監査への協力義務」に違反したことになり、損害賠償が請求される恐れがある。
- 最終契約書の表明保証条項において、潜在的な債務や法令違反などの問題が(買収監査で判明したものを除き)存在しないことを表明・保証する必要があり、もしその内容に偽りがあったことが発覚した場合、補償条項に基づき譲渡後であっても損害賠償が請求される。
- 買収監査中に事実の隠蔽に気づかれた場合、買い手との関係悪化、交渉力低下、交渉中止などにつながる恐れがある。
これらのため、医業承継M&A成功には、事実は隠蔽せず、不都合な事実こそ売り手の方から開示する姿勢が望まれます。
買収監査の際に買い手が注意すべき点
買い手としては、M&Aに精通した専門家を活用しつつ、調査を効率的に進めることが求められます。
M&Aに精通した専門家を起用する
M&Aに関する業務は一般的な業務と異なる部分が多々あるため、買収監査業務を依頼する際にはM&Aに精通した専門家を選ぶことが重要です。
日頃つきあいがあるというだけで顧問の税理士・公認会計士・弁護士を起用することは避けた方がよいでしょう。
重点範囲を検討する
すべての分野について専門家を起用して網羅的に調査しようとするとコストが膨大になってしまうため、問題となりやすいポイントを予め把握した上で、重点的に買収監査をおこなうべき範囲を絞り込み、特定の分野・範囲に限って専門家を起用して、効率的に調査を進める必要があります。
とくに財務・税務および法務の分野ではどうしても専門家の判断が必要になる場面があるため、少なくとも税理士(または公認会計士)と弁護士を買収監査のチームに加えるのが一般的です。
医業承継において問題となりやすいポイントには以下のようなものがあります。
分野 | 問題となりやすいポイントの例 |
---|---|
財務 | 長期間滞留している未収金や回収不能と思われる未収金がある 医療機器の減価償却がおこなわれておらず、帳簿上の資産が実態より高額 簿外債務がある(計上漏れの退職給付債務や関連会社・親族への債務保証、サービス残業による未払残業代など) |
法務 | 許認可が適切に取得されていない(取消事由に該当している) 医療法人(社団)の社員名簿が適切に管理されておらず、現在の社員が確定できない 医療法人の役員やその親族が所属するMS(メディカル・サービス)法人との間に不透明な関係があり、医療法に抵触する事実上の利益配当、役員兼任、利益相反取引などがおこなわれている 過去のリストラ・給与未払や医療契約を巡るトラブルなどで訴訟を提起され損害賠償責任を負う恐れがある |
事業 | 地域において過当競争に巻き込まれている 買い手の想定と、患者層がずれている 医療材料・薬品の納入単価が相場より高い 在庫の棚卸が適切におこなわれておらず不良在庫が生じている |
まとめ
医業承継のM&Aにおいては、買収監査により問題点が発覚して、そこでせっかく進めてきた話が白紙に戻ってしまうこともあります。そうなると、売り手にとっても、買い手にとっても、時間と労力が大いに無駄になります。
そうならないよう、本記事で示したポイントを踏まえて、誠実に準備、対応をおこなうようにしましょう。
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▼エムステージの医業承継支援サービスについて
この記事の監修者
田中 宏典 <専門領域:医療経営>
株式会社エムステージマネジメントソリューションズ代表取締役。医療経営士1級。医業承継士。医療機器メーカー、楽天を経て株式会社エムステージ入社。医師紹介事業部の事業部長を経て現職。これまで、病院2件、診療所30件、介護施設2件の事業承継M&Aをサポートしてきた。エムステージグループ内のM&A戦略も推進している。