クリニック譲渡時の課税とは?一般社団法人を活用する際の注意点を解説


目次
開業医として長年務めていると、高齢や経営不振などの理由から、第三者へのクリニック譲渡を考える時期があるでしょう。
将来的なクリニック譲渡に備えるためには、事前に行っておくべきことが主に2つあります。1つは後継者探しを含めた事業承継のプランニング、もう1つは本記事で紹介する「クリニック譲渡に関する課税」への備えです。
本記事では、クリニック譲渡に課せられる税金の種類と、一般社団法人ついて解説しますので、病院経営に携わる方はぜひ参考にしてください。
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クリニック譲渡に関する課税とは
クリニックの譲渡に伴う課税は、譲渡形態や運営主体によって異なります。
個人経営のクリニックを第三者に譲渡する場合、譲渡価額から取得費と譲渡費用を差し引いた金額が譲渡所得となり、これに対して所得税(5%~45%の累進課税)と住民税(一律10%)が課されます。また、医療機器や備品などの有形資産の譲渡には消費税が適用される場合があります。
一方、医療法人が運営するクリニックを譲渡する場合は、主に出資持分の譲渡と退職金の受け取りという2つの方法があります。出資持分を譲渡した場合、譲渡益に対して申告分離課税(所得税15%、住民税5%)が課されます。
退職金として受け取る場合は、退職所得控除を適用した後、課税額の1/2に累進課税が適用されますが、役員としての勤続年数が5年以下の場合には特例税率が適用されるため注意が必要です。
クリニック譲渡で発生する課税の種類
一般社団法人について説明する前に、まずはクリニック譲渡で発生しうる5種類の税金について、それぞれの具体的な計算方法を見ていきましょう。
なお、各種税率は2024年11月時点の数値であり、今後変更される可能性がある点はご留意ください。
譲渡所得税
クリニック譲渡で発生する所得税は、名義が個人か法人かによって課税方式が変わります。
個人クリニックが丸々譲渡される場合は、他の所得と同じく5〜45%の累進課税が適用され、ここに住民税の所得割(10%)も上乗せされます。
一方で、医療法人における出資持分の譲渡は「株式等を譲渡したときの課税」に分類され、その税率は住民税を含めて一律20%です。
以下に、譲渡所得を1,000万円とした場合の所得税計算例を記載しておきます。
<個人クリニック>
所得税(1,000万円×0.33-1,536万円)+住民税所得割(1,000万円×0.1)=2,764万円
<法人クリニック>
1,000万円×0.2=200万円
累進課税の場合、住民税込みで税率20%以内(=所得税単独で10%以内)に収めるには、所得金額が3,299万円以内でなければいけません。
不動産価値を含む個人クリニックの譲渡益が、上記金額を下回る可能性の低さを考えれば、譲渡所得税の削減には法人化が必須といえるでしょう。
参照:所得税の税率、株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)
消費税
事業者による有償での資産譲渡は、土地や有価証券などの例外品目を除き、消費税の課税対象となります。
クリニック譲渡においても、例外品目を除く各資産の時価に、予め消費税を上乗せした金額で実際の取引が行われます。
以下に、時価総額3億円、土地価格1億円とした場合の消費税計算例を記載しておきます。
(3億円-1億円)×0.1=2,000万円
消費税の課税対象資産には、人材や経営ノウハウといった潜在的な企業価値(超過収益力)も含まれますので、資産計上の際に忘れないよう注意してください。
参照:資産の譲渡の具体例
内部リンク:医療機関の事業譲渡における消費税|計算方法や注意点を解説
登録免許税
個人クリニックの譲渡においては、不動産の価額を基準とした登録免許税が課せられます。
不動産の価額とは、市町村が所有する固定資産課税台帳に登録された金額であり、実際の取引価格でない点に注意しましょう。
また、登録免許税の税率は譲渡方法によって異なります。
まず、売買(有償譲渡)に関しては土地・建物ともに原則0.2%ですが、土地に関しては2026年度末までの特例で0.15%となっています。
次に、相続や法人合併が0.04%、贈与など「その他」の分類が0.2%となっており、いずれも土地・建物共通の数字です。
以下に、不動産全体の価額を1億円、土地分の価額を6,000万円とした場合の登録免許税の計算例を記載しておきます。
<売買>
土地分(6,000万円×0.0015)+建物分(4,000万円×0.002)=17万円
<相続>
1億円×0.0004=4万円
<贈与>
1億円×0.002=20万円
参照:登録免許税の税額表
相続税
相続税は通常、預貯金や不動産など被相続人の全財産を合算した上、そこから基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人数)を差し引いた金額に課されるものです。
税率が最大55%と非常に高いため、現金以外の遺産があまりに多いと、相続税の支払いに行き詰まる恐れもあります。
しかし、事業資産の相続にあたっては納税猶予を適用できるケースが多く、クリニック譲渡においても例外ではありません。
個人クリニックの場合は、2028年末までの相続・贈与に対して「個人版事業承継税制」が適用されます。内容は、宅地や建物などの特定事業用資産について、当該事業を継続する限り相続税の課税を猶予するというものです。(後継者の死亡など一定条件で免除)
また、法人クリニックの出資持分を相続する場合も、「医療法人の持分についての相続税の税額控除の特例」を利用できます。内容は、クリニックの名義が厚生労働大臣の認定を受けた「認定医療法人」で、かつ相続人が出資持分を放棄した場合に、放棄相当額分の相続税を控除するというものです。
参照:相続税の税率、個人の事業用資産についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(個人版事業承継税制)のあらまし、医療法人の持分についての相続税の税額控除の特例
贈与税
個人クリニックの贈与に関しては、相続と同じく個人版事業承継税制が適用されるため、同制度の要件を満たす限り贈与税の課税はありません。
一方、法人クリニックの出資持分は贈与税の対象となっており、贈与者と受贈者の関係によって税率や基礎控除額が異なります。
例として、3,000万円相当の出資持分贈与における贈与税の計算例を見ていきましょう。
<18歳以上の者が直系尊属(父母・祖父母など)から贈与を受ける場合>
(3,000万円-基礎控除110万円)×0.45-265万円=1,035.5万円
<上記に該当しない全ての贈与>
(3,000万円-基礎控除110万円)×0.5-250万円=1,195万円
相続税の控除にも持分の放棄が必要なことを考えると、法人クリニックの事業承継において出資持分の存在は大きな障害といえます。
内部リンク:〈税理士解説〉医療法人の病院やクリニックを譲渡する際の税金の注意点
クリニックの一般社団法人とは
一般社団法人は、法人格を持つ非営利団体の一形態であり、特定の目的のもとに設立される団体です。設立には「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」に基づいて手続きを行います。主に社会的活動や公益事業を目的とする組織として運営される必要があります。
設立時には最低2名以上の社員が必要ですが、設立後に1名となっても解散する必要はありません。ただし、社員が0名となった場合には解散となります。
また、法人も一般社団法人の社員になることが可能であり、企業や団体が関与する形での設立や運営も可能です。
クリニックにおける医療法人とは
医療法人は、病院や診療所、介護老人保健施設を運営することを目的として、医療法に基づいて設立される法人です。個人でクリニックを経営することも可能ですが、医療法人化することで法人としての組織的な運営が可能になり、経営の安定化や事業承継の円滑化などのメリットを享受できます。
医療法人には大きく分けて「社団たる医療法人」と「財団たる医療法人」があり、特に「社団たる医療法人」が全体の大多数を占めています。社団医療法人は、複数の医師や関係者が共同で設立し運営する法人であり、「医療法人社団」という名称が用いられることが一般的です。一方、財団医療法人は、特定の財産を拠出して設立されるもので、現在ではほとんど設立されていません。
また、医療法人には、特別な要件を満たすことで認められる特別な類型として、「社会医療法人」や「特定医療法人」があります。社会医療法人は、医療法に基づき、救急医療やへき地医療などの公益性の高い医療を提供する法人に認められるものであり、税制優遇が受けられます。
特定医療法人は、租税特別措置法の規定により、一定の公益性を持ち、剰余金の分配を行わない法人として認定されたものです。一般的な医療法人に存在する出資持分がなく、解散時に財産が国や自治体に帰属するなど、厳格な要件が定められています。
一般社団法人と医療法人の違いは下記のとおりです。
項目 | 一般社団法人 | 医療法人 |
法的根拠 | 一般社団法人及び一般財団法人に関する法律 | 医療法 |
設立目的 | 非営利活動の推進、社会的事業の運営 | 病院・診療所・介護老人保健施設の開設・運営 |
設立要件 | 社員2名以上 | 都道府県知事の認可が必要 |
出資持分 | なし(出資の概念がない) | 持分あり・持分なし法人が存在 |
残余財産の分配 | 禁止 | 持分なし医療法人は不可、持分ありは可能 |
設立費用 | 比較的低額(登録免許税6万円) | 設立コストが高い(行政手続きが複雑) |
収益事業の制限 | なし(自由に事業展開可能) | 医療・介護関連事業に限定 |
クリニックを譲渡する際の一般社団法人を活用した節税の現実
一般社団法人を活用しても、税金が安くならない理由には以下の2つがあります。
- 一般社団法人では、株式等を譲渡した際に「譲渡所得の課税(20%)」が適用されない
- 一般社団法人では法人の利益を分配することが難しい
まず、一般社団法人では、株式等を譲渡した際に「譲渡所得の課税(20%)」が適用されないため、譲渡益を得た場合でも節税効果が期待できません。また、一般社団法人では法人の利益を分配することが難しく、その運営には適切な管理とコストが伴います。そのため、節税目的で一般社団法人を設立することは、多くの場合で非効率的と言えます。
これに対して、医師が医療法人を選択した場合、事業の自由度が大きく広がる点で優位性があります。医療法人化することで、法的に許容される事業範囲が拡大し、経営上の柔軟性が高まるため、長期的に見た経営の安定性や効率化にもつながるケースが多いです。
譲渡時に一般社団法人でなく医療法人での節税のほうが良い理由
一般社団法人よりも、医療法人は税制上の優遇措置や、事業運営の自由度、信頼性の点で優れ、特に長期的な経営の安定や節税を重視する際には最適な選択肢となります。ここでは、医療法人が節税に適している具体的な理由を詳しく解説します。
節税の仕組みが整っている
医療法人は、税制上の優遇措置を利用しやすい法人形態です。例えば、法人税率が個人事業主としての累進課税率(最大55%)よりも低く抑えられるため、法人化することで所得税負担を軽減できます。また、医療法人では法人を通じた利益の再投資や分配方法を計画的に設計でき、長期的に節税を図ることが可能です。
退職金を活用した節税ができる
医療法人からオーナー個人に対して退職金を支払うことで、大きな節税効果を得ることができます。退職金には勤続年数に応じた大きな控除額があり、所得税率が低く抑えられるため、譲渡所得税率(通常20%程度)と比較しても有利です。特に長期間経営に携わっていた場合、控除額が大きくなるため、退職金を通じての譲渡は節税効果が高まります。
譲渡時にメリットがある
医療法人を活用する場合、法人の株式や持分を譲渡することで、オーナーの所得を一括で確定し節税を図ることが可能です。一般社団法人ではこのような株式譲渡による税率の優遇措置がなく、結果として譲渡時の負担が大きくなります。
ただし、持分あり医療法人は現在新規設立ができません。
一般社団法人のクリニックを譲渡する場合の注意点
クリニック譲渡に一般社団法人を活用する際は、各種認定基準や他の医療法人との違いに注意する必要があります。以下で詳しく見ていきましょう。
法人税上のリスク
一般社団法人が法人税の優遇を受けられる理由は、公益法人と同様に、事業の非営利性が認められているからです。しかし、事業を進める中で税務署が「非営利性が徹底されていない」と判断した場合、その時点で税優遇の対象外となります。さらに、当該法人は二度と「非営利性が徹底された法人」として認められません。
非営利性を認めてもらうためには、まず法人定款に「共通の目的に基づいて活動していること」や「余剰利益を分配しないこと」など、一般社団法人の要件を明記しておく必要があります。
特定医療法人の認定と関連した課税問題
特定医療法人とは、非営利性を徹底している社団法人として、国税庁長官の承認を受けた法人です。
特定医療法人は通常、法人税率が23.2%から19%に軽減されるため、クリニック譲渡においても認定を受けておくことが望ましいです。
しかし、特定医療法人として認められるためには、「保険診療収入が全体の8割を超えること」や「各役員の年間給与が3,600万円を超えないこと」など、厚生労働省告示に定める様々な条件を満たす必要があります。
約4%の税優遇を得るためには、事業形態の自由度を減らすことを考慮し、譲渡者と受贈者が事前にしっかりと話し合っておくべきでしょう。
クリニックの譲渡に一般社団法人を活用する場合は節税効果が期待できない
クリニックを譲渡する際の課税や法人形態の選択は、経営や税務に大きな影響を与える重要なポイントです。
一般社団法人を活用する場合、節税効果がほとんど期待できず、運営の複雑さやコストが発生する可能性が高いことから慎重な検討が必要です。一方、医師にとっては医療法人の方が税制上の優遇や事業の自由度、信頼性の観点で多くのメリットがあります。特に譲渡時の退職金活用など、医療法人特有の節税方法は有効な手段となり得ます。
また、譲渡や事業承継には法的・税務的な規制が絡むため、正確な手続きが求められます。専門家のアドバイスを受け、法人形態や譲渡方法を自院の状況に最適化することが重要です。適切な選択と準備を行うことで、経営の安定と円滑な譲渡を実現しましょう。
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この記事の監修者

田中 宏典 <専門領域:医療経営>
株式会社エムステージマネジメントソリューションズ代表取締役。医療経営士1級。医業承継士。医療機器メーカー、楽天を経て株式会社エムステージ入社。医師紹介事業部の事業部長を経て現職。これまで、病院2件、診療所30件、介護施設2件の事業承継M&Aをサポートしてきた。エムステージグループ内のM&A戦略も推進している。プレジデント社より著書『”STORY”で学ぶ、М&A「医業承継」』を上梓。