医療法人における不動産売買の事例やメリット・デメリットを紹介
医療法人を経営している方にとって、不動産売買は非常に大きな決断を要するものです。不動産売買を検討したものの、必要な手続きやかかる費用などがわからず、頭を悩ませることもあるでしょう。
そこで本記事では、医療法人における不動産売買のメリット・デメリットを売却側、買収側それぞれの目線でまとめました。医療法人が不動産売買を有効活用した事例もご紹介しますので、具体的な経営戦略のイメージにお役立てください。
医療法人が不動産売買を行う背景
近年、医療法人の不動産売買が増加している傾向がありますが、その背景には大きく2つの問題点が挙げられます。
- 医師の高齢化による業務縮小の検討
- 後継者不足
中小企業庁の調査によると、中小企業・小規模事業者における経営者の平均年齢は年々高くなっています。
出典:中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題|中小企業庁
また、2025年には70歳を超える経営者が約245万人になり、そのうち日本の企業全体の1/3となる約127万人は後継者が見つかっていない状態です。
出典:中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題|中小企業庁
多くの医師や院長の方も上記のような問題に不安を感じて、ご自身のクリニックなどを不動産売買されるケースが増えています。
しかし実際のところ、後継者が見つかっていない医療法人の約43.9%は「閉院を考えている」という調査結果*も出ています。※参照:医療機関経営者向け調査|日本医師会 医業承継実態調査
閉院を考えている医療法人が今後M&Aや不動産売買を活用し、事業継承をすることも十分に考えられるでしょう。
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医療法人における不動産売買の売却側のメリット
医療法人が不動産を売却する際には、売却側にとってさまざまなメリットがあります。
売却側にとっての主なメリットは、以下のとおりです。
- 維持管理コストが削減される
- 固定資産が減るため、財務状況が改善する
- 診療を続けたまま大きな資金が得られる
これらのメリットを活用することで経営を安定させて、新しい事業戦略を練ることが可能になるでしょう。それぞれのメリットを詳しく解説します。
維持管理コストが削減する
医療法人が不動産を売却することで、維持管理コストが削減できます。不動産を所有していると、おもに次のような管理コストが必要になるでしょう。
- 固定資産税
- 建物の修繕費
- 設備投資費
使用頻度の低い不動産を売却することで、大きな維持管理コストの軽減が期待できます。
固定資産が減るため財務状況が改善する
不動産を売却することで固定資産税が現金や預金などの流動資産に変わり、財務状況が改善する可能性があります。流動資産が増加することで、次のような財務状況の改善が期待できるでしょう。
- 純資産が増加するため自己資本の比率が上昇する
- 現金化した資金で借入金を返済することで負債が減る
- 総資産が減少しても利益を維持できていれば「総資産利益率」が向上する
これらの改善によって今後、金融機関からの融資を受ける際も評価が良くなる可能性も高くなります。
診療を続けたまま大きな資金が得られる
使用していない不動産を売却すれば、診療を中断することなく大きな資金を調達できます。不動産を売却して資金を調達することで、医療機器の導入や施設の改修などに投資もしやすくなるでしょう。
また前述のように、固定資産が減ることで財務状況が改善する可能性も高くなるため、不動産売買における売却側のメリットは非常に多いといえます。
医療法人における不動産売買の売却側のデメリット
医療法人が不動産を売却する場合、次のようなデメリットも考えられます。
- 売却する際に税金が発生する
- 改装や設備の変更を自由にできなくなる
- 金融機関からの借り入れ能力が低下する可能性もある
デメリットを知らずに不動産を売却してしまうと、今後の経営で悪影響が生じる可能性もありますので、デメリットについてもしっかりと把握しておきましょう。
売却する際に税金が発生する
医療法人が不動産を売却する際には税金(法人税)が発生し、不動産の売却益に対して約35%も課税されます。
たとえば不動産を売却した際に3,000万円の利益が出た場合、約1,050万円の税金が発生します。
一方で「不動産M&A」であれば、譲渡益に対して約20%の税率です。
同じ3,000万円の利益でも不動産M&Aなら約600万円と、不動産売却に比べて約450万円も税金を抑えられるので検討してみると良いでしょう。
M&Aのメリット・デメリットは下記の記事で解説しているので、合わせてご覧ください。
不動産の売却やM&Aでの必要な税金は状況によって異なるため、どちらのほうが良いのか、専門家のアドバイスを受けてみるのがおすすめです。
改装や設備の変更を自由にできなくなる
医療法人が不動産を売却したあとも継続して診療を続ける場合、改装や設備の変更などを自由にできなくなるケースがある点もデメリットといえます。
不動産を売却した場合、通常は買収側と賃貸契約を結ぶことになります。賃貸契約の内容によっては、改装や医療機器に伴う電気設備の変更などができず、将来的な事業計画に制約が発生する可能性もあります。
金融機関からの借り入れ能力が低下する可能性もある
不動産を売却することで、金融機関からの借り入れ能力が低下する可能性はあります。主な理由としては、次のことが挙げられます。
- 担保資産が無くなるため
- 総資産が無くなり法人規模が小さくなるため
ただし、これは「不動産を売却した」という事実のみを考慮した場合のデメリットです。経営状況が安定していれば、純資産が増加したり総資産利益率が向上したりするので、金融機関からの評価も良くなるでしょう。
医療法人における不動産売買の買収側のメリット
医療法人の不動産売買は、買収側にもさまざまなメリットがあります。
- ブランドイメージの向上につながる
- 減価償却費の計上など税負担が軽減できる
- 将来の資金調達時の担保として活用できる
不動産の買収には一時的に大きな資金が必要になるものの、長期的に見れば安定した経営と成長に関わってくる重要な戦略です。それぞれのメリットを詳しく解説していきましょう。
ブランドイメージの向上につながる
医療法人が不動産を購入するのは投資だけでなく、ブランドイメージの向上にも効果的です。
たとえば購入した不動産を医療スタッフ用の寮にしておけば、優秀な人材の採用にもつながる可能性があるでしょう。
減価償却費の計上など税負担が軽減できる
医療法人が不動産を購入すると、減価償却費の計上により税負担を軽減できるメリットがあります。減価償却費は建物や医療機器など、長年にわたって使用する資産を定められた耐用年数で分割して計上できる経費のことです。
不動産の購入には大きな資金が必要となりますが、減価償却費が計上されれば税負担が軽減されます。
将来の資金調達時の担保として活用できる
金融機関から見ても、不動産は安定した価値を持つ資産とみなされます。そのため医療法人が不動産を持っていれば、より有利な条件で融資を受けられる担保として活用できるでしょう。
また、不動産を所有することで医療法人の信用も高まり、融資そのものの審査においても良い印象を与えることができます。
医療法人における不動産売買の買収側のデメリット
医療法人が不動産を買収する場合にも、いくつかデメリットはあります。
- 維持管理コストが増える
- 土地は減価償却ができない
- 用途変更をできない場合がある
とくに医療法人の場合、将来的な利用目的をしっかりと考慮した上で購入をしないと、余計な費用が発生する可能性もあるため注意が必要です。それぞれのデメリットを詳しく解説していきます。
維持管理コストが増える
医療法人が不動産を購入することで、次のような維持管理コストが増加します。
- 建物の修繕費
- 固定資産税などの税金
- 清掃や警備などの管理費
- エアコンや電気などの水道光熱費
これらの維持管理コストが増加したことで経営が圧迫してしまわないように、将来的な維持管理コストをしっかりと見積もってから不動産を購入しましょう。
土地は減価償却ができない
不動産の購入時、建物そのものは減価償却として経費計上できますが、土地に関しては減価償却できません。
なぜなら土地は時間の経過による老朽化はないため、価値は減少しないと考えられているからです。土地に関しては節税効果がないことは理解しておきましょう。
用途変更をできない場合がある
医療法人が不動産を購入する際に、将来的にその建物の用途変更をできない可能性があります。用途変更の可否は建築基準法や医療法、消防法、都市計画法などのさまざまな法律や条例によって規定があります。
たとえば一般的なオフィスから有床診療所へ用途変更する場合「特殊建築物」として扱われるため、さまざまな基準への適合が必要です。
そのため医療法人が不動産を購入する場合、将来的な利用方法を専門家と相談しながら検討するようにしましょう。
医療法人が不動産を売却する際は都道府県知事の許可が必要
医療法人が不動産を売却する際には、原則として都道府県知事の許可が必要です。ただし、すべての不動産売却時に許可が必要ではなく、医療に直接関係していない不動産の場合は許可が不要なケースもあります。
たとえば、以下のようなケースは許可が不要とされています。
- 投資目的の不動産を売却
- 病院敷地内にある駐車場の一部を売却(医療には直接関連していない)
しかし上記のケースでも事後報告や許可が必要な場合があるため、一般の方では判断の難しいケースが多くあります。医療法人が不動産の売却を検討する際には、医療分野に精通した専門家に相談したほうが安心です。
医療法人における不動産売買の手順
医療法人の不動産売買は一般的なものと手順が異なり、より専門的な知識が必要になるため医療分野に特化した専門家に依頼しましょう。ここでは専門家に依頼した場合の大まかな手順を紹介します。
- 理事会での決議:不動産売却の意思決定を理事会で行い正式に決議する
- 専門家へ相談:医療分野に特化した専門家(M&Aアドバイザーなど)に相談し、売却戦略を立てる
- 買い手を探す:売却戦略をもとに専門家が買い手を探す
- 基本合意と交渉:買い手候補との基本的な条件合意を行い詳細を交渉する
- 所轄官庁への申請:都道府県知事など、所轄官庁に許可申請などを行う
- 最終契約締結:すべての条件が整い次第、最終的な売買契約を締結する
エムステージマネージメントソリューションズでは、専任の医療経営士による買収・譲受の無料相談を受け付けております。経験豊富な専門家が、将来の経営戦略も見据えた上でのサポートをいたしますので、お気軽にご相談ください。
医療法人が土地を売却する場合
医療法人が土地を売却する際の基本的な手順は不動産売買と同様ですが、事前に確認しなければならないことがあります。
【確認すべき事項】
- 抵当権
- 賃借権
- 所有権
たとえば抵当権が設定されていたら、まずは抵当権の解除が必要です。また、複数の理事が共有している場合や医療法人の名義になっていない場合もあるため、所有権も確認しなければなりません。
いずれにおいても誤りがあると後に問題になるため、専門家に相談することをおすすめします。
【事例紹介】医療法人が不動産売買を有効活用した方法
医療法人は不動産売買を上手に活用することで、経営状況を良くしたり節税効果が得られたりなど、さまざまなメリットが得られます。
ここでは2つの具体的な事例とともに、医療法人が不動産売買をどのように有効活用したかを紹介します。2つの事例のメリットや注意点を知り、今後の経営戦略の参考にしてください。
使用していない駐車場を売却
使用していない駐車場の売却は、医療法人が不動産売買を行う有効的な活用方法のひとつです。使用していない駐車場を売却することで、次のようなメリットがあります。
- 売却益による収入
- 人的な管理コストの低減
- 維持管理費(固定資産税を含む)の削減
しかし注意しなければならないのが、駐車場のように医療サービスとして直接利用していない不動産だった場合でも、一般的な不動産売買として取引できない可能性がある点です。つまり、都道府県知事の許可が必要になるケースがあります。
そのため医療法人の方が所有している不動産に関しては、一貫して医療分野に特化した専門家に相談したほうが良いでしょう。また、単純に売却するだけでなくM&Aも視野に入れると、より有効的な資産活用が見つかる可能性があります。
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社宅用途としてマンションを購入
医療法人が社宅用途としてマンションを購入するケースも、多くみられます。医療法人名義でマンションを購入し、役員社宅として経営者に貸すと次のようなメリットがあります。
- 借入金の利息や不動産取得税、固定資産税などを医療法人の経費で計上できる
- 建物の減価償却費を医療法人の損金に算入できる
- 法人税の節税効果が期待できる
ただし借りている経営者は、医療法人に対して税務上住宅の規模別に定められている金額以上の家賃を支払う必要があったり、行政指導を受ける可能性があったりするので注意が必要です。
社宅用途で不動産を購入する予定がある場合は、専門家のアドバイスを受けながら検討すると良いでしょう。
医療法人の不動産売買に関する注意点
医療法人が不動産売買を行う場合、税務に関することや法的な手続きに関することで注意すべき点があります。ここでは不動産売買の注意点を2つ紹介します。
- 不動産売却時にかかる主な税金
- 利益相反取引の手続きは理事内の承認が必要
とくに理事と医療法人が取引を行う場合には、一方的な利益だけが優先されないように特別な手順が必要です。それぞれの注意点をしっかりと把握しておきましょう。
不動産売却時にかかる主な税金
医療法人が不動産を売却する際には、主に以下の税金が発生します。
- 法人税:売却益に対して通常は約35%の税率
- 法人住民税:法人税の金額を基準にして地方自治体によって定められた税率が課せられる
- 法人事業税:売却益に対して課税され、税率は事業規模などによって異なる
- 消費税:売却益に対して課税される(ただし土地は非課税)
一方でM&Aの場合は上記と異なる税制が適用されるため、一般的に不動産の売却よりも税率が低くなる可能性があります。不動産を売却する際にはM&Aも考慮しながら、一度専門家に相談してみると良いでしょう。
利益相反取引の手続きは理事内の承認が必要
医療法人の利益相反取引とは、医療法人と理事個人の利益が対立する可能性のある取引のことです。
たとえば理事が個人で所有する不動産を医療法人に売却したり、逆に医療法人の不動産を理事個人が購入したりするケースが利益相反取引となります。
利益相反取引になると、理事が自身の利益を優先して医療法人に不利な条件で取引を行ってしまう可能性があるため、公平性を保つためにも理事内の承認が必要となります。
具体的には以下のような承認の手順が必要です。
- 利害関係にある理事が、他の理事に対して取引内容を説明する
- 利害関係のない理事が、取引の妥当性や医療法人にとっての利益を慎重に検討する
- 過半数の賛成があれば承認が得られる。このとき、利害関係のある理事は議決に参加できない
- 議事録を作成して、法務局に提出する
地域によっては「議事録」以外の確認書類が必要なケースも多いため、あらかじめ法務局に確認する、または専門家にアドバイスを受けると良いでしょう。
まとめ
医療法人にとって不動産売買は、経営戦略において非常に重要な要素となります。
売却側は維持管理コストの削減や財務状況の改善などのメリットがある一方で、税金が発生したり、金融機関からの借り入れ能力が低下したりなどのデメリットがあります。
一方の買収側は、ブランドイメージの向上や将来の担保としての活用もできますが、維持管理コストの増加や用途変更の制限などには注意が必要です。
また、医療法人が不動産を売却する際には都道府県知事の許可が必要など、一般的な不動産取引とは異なる手続きが必要になります。
不動産売買を検討されているのであれば、医療分野に精通している専門家に相談することをおすすめします。
エムステージマネージメントソリューションズでは、医療経営士による無料相談を実施しております。不動産売買の手続きだけでなく、将来の経営戦略を見据えた最適な不動産活用もアドバイスいたしますので、ぜひお気軽にご相談ください。
この記事の監修者
田中 宏典 <専門領域:医療経営>
株式会社エムステージマネジメントソリューションズ代表取締役。医療経営士1級。医業承継士。医療機器メーカー、楽天を経て株式会社エムステージ入社。医師紹介事業部の事業部長を経て現職。これまで、病院2件、診療所30件、介護施設2件の事業承継M&Aをサポートしてきた。エムステージグループ内のM&A戦略も推進している。