病院M&Aにおけるスキームと必要な期間・費用

お役立ち 2022/09/07

近年、病院のM&Aが増えているといった話題が、ビジネス雑誌の誌面などを賑わすことがあります。病院のM&A自体は、以前から行われていましたが、いわゆる団塊世代の病院経営者が大量に退職する時期となる一方、医業経営環境の変化などを背景とした後継者難もあり、最近、特に注目を集めるようになっています。

とはいえ、病院のM&Aは「誰でもおこなう」というほど普及しているわけではありません。また、通常は情報をオープンにしないで実施されるため、その実態がよくわからないという病院経営者の方も少なくないでしょう。

そこで本記事では、病院M&Aの基本を解説します。

M&Aスキームの基本

まず、「M&Aとは何か」を理解しましょう。M&Aは、買い手と売り手とがいる売買取引です。では、「誰が」「何を」売るのでしょうか? (本記事では、売り手の立場から説明します)。

これには、大きくわけて、2通りがあります。

(1)法人の「経営支配権者」が、法人の「経営支配権」を売る形。

(2)事業の「運営主体者」(法人または個人)が、「事業」を売る形。

この2つは両方ともM&Aと呼ばれ、似ているのですが、売り手となる主体が、「法人の経営支配権者」なのか「事業の運営主体者(法人または個人)」なのかという点で、まったく異なる形である点を理解してください。

まず、一般の事業法人=株式会社の例で考えてみましょう。

たとえば、A食堂チェーン店を経営するA株式会社があります。

A社の株式は、創業者のX氏が100%保有し、かつX氏がA社の代表取締役だとします。

ここで「X氏」(法人の経営支配権者)が、その保有するすべてのA社株式(経営支配権)を競合チェーンのB社に売るとします。

これが、(1)のパターンです。

ここで、経営支配権の移動と、法人の形態は、別の話である点に注意してください。

たとえば、A社とB社を合併してB社に吸収にするのか、両社を別法人のまま経営を続けるのか、あるいはA社は解散させるかなど、経営支配権を持つことになるB社が任意に決めることができるということです。

また、このパターンの場合、売買契約はX氏とB社との間で結ばれ、譲渡の対価である金銭は、B社からX氏に支払われます。

一方、A社(事業の運営主体者)が、複数展開している事業のうちの一部(事業)をB社に譲る、といった形のM&Aもあります。一般的には「事業譲渡」と呼ばれます。これが(2)のパターンです。

売買契約はA社とB社との間で結ばれ、譲渡の対価である金銭は、B社からA社に支払われます。株主はお金の流れには直接関係しません。

次に、個人事業で飲食店を運営している人が店の経営権を売る場合はどうなるでしょうか。この場合は、(1)のパターンで売買の対象となる「法人」が、そもそも存在しないために、(2)の事業譲渡のパターンになります

病院M&Aのスキームのパターン

ご存じのように、民間の病院の経営は株式会社がおこなうことはできません。医療法人、または個人により行われます。

実際には、病院のほとんどは医療法人が経営していますが、個人経営の病院も少数ながら存在します。一方、診療所は、個人経営のことが多く、医療法人が経営していることは少数派です。(本記事は、病院をテーマにしているため、以後、診療所については割愛します)。

医療法人には、社団医療法人、財団医療法人、特別医療法人、特殊医療法人、社会医療法人などの区分がありますが、ここではもっとも多数である、社団医療法人を前提に説明します。以後、特に断りのない場合、医療法人=社団医療法人のことだと理解してください。

現在、医療法人には、「出資持分の定めのある医療法人」(出資持分有り医療法人)と、「出資持分の定めのない医療法人」(出資持分なし医療法人)とがあります。以前はほぼ100%が持分有り医療法人でしたが、平成19年以降は新規設立できなくなり、現在は3分の1程度が、持分なし医療法人になっています。出資持分有り医療法人は新規に設立できないため「経過措置医療法人」とも呼ばれます。

上記のような病院の経営主体の区分により、病院M&Aのスキームは、まず、

・医療法人による経営か、個人による経営か

によって区分されます。次に医療法人による経営の場合は、

・出資持分の定めが有る医療法人か、ない医療法人か

により、区分されます。つまり、大きくわけて3パターンあるということです。

医療法人と株式会社の違い

株式会社の最高意思決定機関は株主総会です。

一方、医療法人の最高意思決定機関は社員総会です。なお、医療法人の「社員」とは、株式会社における株主のような経営の意思決定をする立場の機関であり、従業員のことではありません。

株式会社においては、法人に出資をした人が、出資金額に応じて株式を割り当てられて、株主となり、出資金額に応じた議決権を保有します。つまり、出資=株主になることです。

一方、出資持分有り医療法人において、出資することと社員の地位とは無関係です。出資をしていない人でも社員になることできますし、出資をしていても社員にならないこともあります。

また、出資持分なし医療法人においては、そもそも「法人への出資」という概念自体がありません。(代わりに基金の拠出という概念が登場しますが、話が複雑になるためここでは割愛します)。

株式会社の場合、株主総会の議決権は、株式に帰属します。そのため多数の(株主総会議決権の過半数の)株式数を保有する株主が、経営支配権を有することになります。

一方、医療法人の場合、株式に相当する概念がありません(先に述べたように出資と議決権は無関係です)。では、社員総会における議決権が何に帰属するのかといえば、社員に帰属し、社員全員が平等に1個の議決権を持ちます。

株式会社では、株式と議決権が紐付いているわけですが、医療法人では、「社員の立場」と議決権が紐付いているのです。

医療法人のM&A

ここで、記事の最初に述べた、M&Aでは「誰が」「何を」売るのかという点に立ち返りましょう。

株式会社において「法人」を売るM&Aとは、「株主が」「株式を」売ることでした。株式に議決権(=経営支配権)が帰属しているので、株式を売ることは、「株主総会での議決権」を売ることを意味します。

一方、医療法人M&Aは、「社員総会での議決権」を売るのですが、社員総会での議決権は「社員」ひとりひとりに帰属しており、人間を売ることはできません。そこで結局、「社員という立場」を売ることになります。

これが、医療法人M&Aスキームの、もっとも本質の部分です。

なお、出資持分有り医療法人のM&Aの場合は出資持分も譲渡します。出資持分は医療法人に対する経営支配権とは無関係ですが、医療法人に対する財産権は帰属しているためです。

もう少し具体的に見ると、医療法人のM&Aにおいては、契約が成立すると、以前の社員は全員退任し、買い手が指定した新しい社員が就任します。新社員は、社員総会で新しい理事などの役員を選任し、その中から新理事長が選ばれます。場合によっては、理事や理事長が留任することもありますが、それを決めるのも社員総会においてです。

このように、医療法人の「社員」が「社員の立場を」売るというのが、医療法人のM&Aの、組織制度上の本質です。

まず、この本質を理解しておきましょう。

医療法人M&Aの対価は、何に対して支払われる?

株式会社の場合は、株主が売った株式への対価として金銭が支払われます。

では、医療法人のM&Aの場合、金銭は何に対して支払われるのでしょうか?

・出資持分有りの医療法人の場合は、出資持分の譲渡(+役員退職金)

・出資持分なしの医療法人の場合は、役員退職金

(基金拠出型医療法人の場合、拠出していた基金は返還されますが、これは単なる返還であり、売買の対価ではありません)。

として支給されることが一般的です。前理事長がなんらかの形で、病院に留任する場合は、その報酬や顧問料などなんらかの形で対価を支払うこともあります。

課税上の問題も絡むテクニカルな論点なので、ここではこれ以上深掘りしませんが、いずれにしても、社員の立場を譲ることが本質ではあっても、対価の形式はそれとはわけて考えられると理解しておいてください。

個人事業の場合は?

上記は医療法人による病院経営の場合です。

病院の開設許可は、医療法人または個人に専属に与えられるものであり、それを他者に譲り渡すことは原則としてできません。医療法人のM&Aの場合は、医療法人の経営支配権者は変更になるものの、病院を運営する医療法人自体は変わらないので、そのまま運営継続が可能です。

一方、個人経営の病院の場合は、法人自体がありません。そこで、最初の(2)で述べた事業の譲渡という形にならざるをえないわけですが、行政に対しては、病院事業の運営主体の変更を申請することができません。

ではどうするかといえば、売り手が一度、病院を廃業して、買い手が再度開業をするという手順を踏まなければなりません。診療所であれば、この廃業・開業の手続きは比較的容易(それでも面倒ではありますが)なことですが、病院の場合は、自治体によっては新設許可を取ることが難しいこともあり、その準備や検討には慎重を期す必要があります。

病院M&Aに必要な期間や費用は?

M&Aによって病院を売りたいと考えたとき、そもそも買い手がいるのかどうかという問題が最初にあります。過疎化が進行中の地方で、しかも赤字経営であったりすれば、買い手が現れる可能性は低いかもしれません。

逆に、都心部で医療スタッフも多い病院であれば、喜んで引き受けてくれる買い手がいるでしょう。しかし、売り手の理事長の気持ちとしては、誰にでも売っていいというわけにはいかないでしょう。病院として守ってきた理念があり、その理念を引き継いで、地域医療に貢献してくれる買い手に譲りたいはずです。

いずれにしても、M&Aでは、売り手の希望とマッチした買い手を探すことが、最初のポイントとなり、時間のかかる部分です。運良く買い手がすぐに見つかることもあれば、1年以上かかることもあります。

また、買い手の候補が見つかったとして、そこから、条件交渉、買収監査、契約書の作成、院内の準備、といったプロセスを経て、契約が済むまでに、早くても半年程度、通常で1年程度、長ければ2年以上かかることもあります。

また、M&A仲介業者に仲介を依頼した場合、各仲介会社が定める所定の費用かかります。一般的には、売買価格の5%など、売買価格に対する一定割合を成功報酬形式で求めるM&A仲介業者が多いようです。

まとめ

本記事では、病院M&Aスキームのもっとも本質的な柱となる部分を中心に解説しました。実際のM&Aでは、運営する医療法人の形態や規模などによって異なる、さまざまな細かいバリエーションがあり、選択できる部分もあります。また、対価をどのようか形で支払うのがよいのかは課税上の論点も絡むため、慎重に検討されなければなりません。

いずれにしても、病院M&Aの場合は、一般の株式会社のM&A以上に手続き面で考慮しなければならない点が多いため、豊富な経験を持つM&A仲介会社に相談することがポイントです。

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