病院やクリニックの医院継承(M&A)で知っておくべき基本用語集
目次
病院やクリニックの売却や買収を考える際、M&A特有の専門用語に戸惑う医師の方は多いことでしょう。医院継承を成功させるためには、交渉から契約までの各段階で登場する用語を正しく理解することも重要です。
本記事では、医院継承やM&Aの基本用語を段階別に解説し、M&Aスキームや契約プロセスから譲渡価格の計算方法まで、M&A初心者の方でも理解できるように、詳しくまとめました。専門用語を正しく理解し、仲介会社や専門家との打ち合わせをスムーズに進めましょう。
医院継承(M&A)の基本用語
まずは医院継承(M&A)において基本となる用語を解説します。
医院継承(M&A)
医院継承とは病院やクリニック、個人医院などの医療機関を院長が引退し、ほかの人に引き継ぐことをいいます。
一方でM&A(エムアンドエー)とは、Merger(合併)and Acquisitions(買収)の略で、「会社あるいは経営権の取得」という意味で、医院継承を含めた広義の意味です。
【継承の種類】
親子継承:親子間で引き継ぐこと
第三者継承:後継者がおらず第三者に引き継ぐM&A(医療業界では、これを医院継承とも呼ぶ)
特にクリニックや病院は生命に関わることから、非営利性の原則があります。人員の数や診察料金、設備や施設などに関しては医療法に基づいた規制もあるので、一般企業のM&Aに比べると特有の難しさもあります。
個人診療所(クリニック、個人医院)
クリニックや個人医院とは、病床数が1~19までの有床診療所、もしくは病床を持たない無床診療所や歯科診療所のことをいいます。
個人診療所では、院長が個人事業主として経営を行います。
【個人診療所の特徴】
- 税制は累進課税制度が適用
- 複数の医療機関は開設できない
- 売上や資産は院長個人の資産
- 承継で資産は引き継ぐが、負債や契約は引き継がない
- 承継の際は一度廃院し、新規開業となる
医療法人(病院)
病院とは、複数の診療科と20以上の病床を持った医療機関のことを指します。運営は医療法人が行い、創業者にあたる医師は理事長や院長など、医療法人の構成員という立場になります。
【医療法人の特徴】
- 税制は段階税の法人税が適用される
- 複数の医療機関を開設できて、介護施設や老人ホームも開設可能
- 売上や資産は医療法人に帰属して、院長は給与を受け取る
- 承継では資産とともに負債や契約も引き継ぐ
- 承継では理事長などの役職者を交代するのみで、医療法人自体の財産や立場は変わらない
【医療法人と個人診療所の比較】
| 項目 | 医療法人 | 個人診療所 |
|---|---|---|
| 税制 | 法人税(段階税) | 所得税(累進課税) |
| 複数施設の運営 | 可能 | 不可 |
| 資産の帰属先 | 医療法人 | 院長個人 |
| 承継時の債務 | 引き継ぐ | 基本的に引き継がない |
| 承継時の手続き | 社員(理事)の交代 | 廃院→新規開業 |
医療法人を構成する役職

医療法人には法律で定められた役職が、大きく3つあります。
- 社員
- 理事
- 監事
それぞれの役割を解説します。
社員
医療法人における「社員」とは、一般企業の「株主」に相当する立場です。社員総会で重要事項を決議し、理事や監事を選任する権限を持ちます。医院継承では、社員の交代も重要な手続きの1つとなります。
理事
理事は医療法人の業務執行を担当する役員で、医療法人には最低3名の理事を配置しなければなりません。理事の中から理事長を選出し、医療法人の運営を行います。医院継承時には、理事の交代が必要です。
監事
監事は理事の業務執行を監督する役員で、最低1名を置く必要があります。理事と兼任はできず、独立性を保った立場から医療法人の運営をチェックする役割を担います。
仲介会社
仲介会社とは、売り手側と買い手側の間に立ち、双方がスムーズに医院継承できるようにアドバイスやサポートを行う会社のことです。特にクリニックや病院の医院継承を検討している場合、一般的なM&A仲介会社ではなく、医療業界に精通した専門の仲介会社を選ぶことが重要です。
医療M&Aの専門知識を持つ仲介会社であれば、医療法の規制や業界特有の課題を理解しており、案件のマッチングから契約締結まで包括的にサポートできます。
譲渡価格
病院やクリニックを譲渡した代わりに売り手がもらう対価のことをいい、時価純資産額に営業権を上乗せして算出した金額が目安となる場合が多いです。
【譲渡価格の算定式】
譲渡価格 = 時価純資産額 + のれん代(営業権)
関連記事:クリニックを高く売却するために押さえるべきポイント
解散
医療法に基づく解散事由によって医療法人が解散し、事業活動を停止することをいいます。解散後は原則として理事から清算人を選び、現務を結了させて残った財産を換価し、債権を取り立てて債務を弁済します。
閉院(廃院)
病院やクリニックを引き継ぐ後継者がおらず、医療活動を停止することを閉院(廃院)と呼び、医療法人の場合には、医療法に基づく解散事由により解散します。閉院する30日前には、雇用者に対して解雇予告を行うことが労働基準法で義務付けられています。
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医院継承(M&A)の手法(スキーム)に関する用語
医院継承にはいくつかの手法(スキーム)があり、税務面や手続き面でも大きな違いがあります。ここでは、医療M&Aでよく使われる主要なスキームについて解説します。
出資持分譲渡
医療法人の中で最もよく使われるM&Aスキームで、株式会社でいうと株式譲渡にあたります。医療法人への出資者の出資持分を売却して医院継承を行います。
【出資持分譲渡の特徴】
- 手続きが比較的簡単
- 包括的な承継が可能
- 税務上の優遇措置がある場合も
出資持分
社団医療法人に出資した人が、その社団医療法人の資産に対して出資額に応じて持つ財産権のことです。社団医療法人は、出資持分の有無によって分類されます。
【出資持分の種類】
出資持分のある医療法人:2007年4月1日以前に設立された医療法人
出資持分のない医療法人:2007年4月1日以降に設立された医療法人
事業譲渡
医療法人が複数経営しているクリニックの1つを譲渡するなど、事業の一部を譲渡するM&Aスキームのことをいいます。一般企業が事業譲渡を行う場合は異業種の企業に行うことも可能ですが、医療法人の事業譲渡の場合には医療法人もしくは医師に限定されています。
【事業譲渡の特徴】
- 必要な部分のみの承継が可能
- 債務の選別的承継ができる
- 手続きが複雑になる場合がある
合併
2つの医療法人が1つになるM&Aスキームです。合併では一方の医療法人が消滅し、もう一方の医療法人が存続します。この際に消滅する医療法人の権利義務はすべて存続する医療法人に引き継がれます。
つまり資産や負債だけでなく、従業員や契約関係なども包括的に承継されるわけです。
【合併の種類】
吸収合併:一方の医療法人が他方を吸収
新設合併:両法人が解散し、新たな法人を設立
基金制度
出資持分のない医療法人における資金調達の仕組みです。基金は出資とは異なる概念で、拠出者に対する返還義務があります。
基金
医療法人に出資された金銭や財産のことをいいます。出資持分がその出資額の割合に従って払い戻しを受けることができるのに対し、基金も拠出額が限度となりますが払い戻しを受けることが可能です。
【基金制度を利用した医療法人】
2007年4月1日以降に設立された出資持分のない医療法人のうち、資金の調達方法に基金を利用している医療法人のことをいい、基金拠出型医療法人ともいいます。
契約プロセス別の用語集

医院継承の契約は段階的に進行し、各段階で異なる契約書や手続きが必要です。ここでは、初期段階から最終段階まで、時系列に沿って重要な用語を解説します。
初期段階:秘密保持契約(NDA)
医院継承の検討を始める際、最初に交わす契約です。まずは仲介会社と、続いて売り手側と買い手側の間で締結されます。
【NDAで守られる情報】
- 医療機関の名前や営業情報
- 財務データ
- 従業員の個人情報
- 取引先の情報
- 交渉で知った内部情報
この契約では、どんな情報を秘密にするか、なぜその情報が必要なのか、どれくらいの期間守るのか、情報が漏れた時の責任などを決めます。
交渉段階:意向表明書(LOI)
意向表明書(Lol)とは、買い手側が売り手側に対して「本格的に交渉したい」という気持ちを表明する書類です。内容は買い手側の意欲を示すだけの場合もありますが、一般的には大まかな条件や承継後の計画なども含みます。
ただし記載された情報に法的拘束力はなく、意向表明書を提出しない場合もあります。
詳細検討段階:基本合意書(MOU)
意向表明書の次に結ぶ契約書で、お互いの認識を合わせるために作成するものです。価格や引き渡し時期、今後のスケジュール、調査で問題が見つかった場合の対応などを決めます。
この契約を結ぶと、売り手側は他の買い手候補者との交渉ができなくなり、買い手側は独占的に交渉できる権利を得るわけです。
買収監査(デューデリジェンス、DD)
最終契約を結ぶ前に、買い手側が対象となるクリニックや病院の詳細を調べる作業です。基本合意書で決めた条件に基づいて、財務状況は正確なのか、買収価格は妥当かなどを専門家とともに確認します。
この調査によって隠れたリスクを見つけたり、適正な価格を判断したりできます。
関連記事:医業承継(医院継承)における買収監査(デューデリジェンス)について
最終段階:最終契約書(DA)
すべての交渉が終わり、最終的に決まった条件を記した契約書です。取引の詳細な条件や互いの約束事、引き渡し前に満たすべき条件、問題が起きた場合の補償などが詳しく書かれています。
医院継承の方法によって契約書の名前や必要な書類が変わります。
【最終契約書の主な書類】
医療法人譲渡:出資持分譲渡契約書、経営引継契約書
事業譲渡:事業譲渡契約書
契約日・実行日
契約書に登場する2つの重要な日付です。契約日は最終契約書に署名する日、実行日(クロージング日)は実際に医院の引き渡しが完了する日のことです。
通常、契約日と実行日は別の日に設定され、契約締結から実行まである程度の準備期間を設けます。
クロージング
最終契約書に書かれた取引がすべて完了することです。契約締結後、代金の支払いとクリニックや病院の引き継ぎ作業が終わった時点を指します。
この段階で代金決済や出資持分の移転、各種手続きの提出などが行われ、正式に医院継承が完了します。
譲渡や財務関連用語
医院継承における財務関連の用語は、譲渡価格の算定や契約条件の設定において重要な役割を果たします。ここでは、譲渡価格の構成要素から契約条件まで、財務に関わる主要な用語を解説します。
時価純資産額
資産を時価算定するだけではなく、未払いの賃金や退職・リースの債務なども控除して算定します。時価純資産額は、貸借対照表上の純資産額を時価で評価し直したもので、譲渡価格算定の基礎となる重要な指標です。
【算定時の考慮事項】
- 固定資産の時価評価
- 棚卸資産の実在性確認
- 貸倒れリスクの評価
- 簿外債務の調査
のれん代(営業権)
病院やクリニックが保有する無形固定資産のことをいい、ブランド力や技術力、ノウハウなどのことを意味します。
会計用語では「のれん」とも言われ、正常収益額から営業用資産に期待利率を加味した金額から控除した金額を超過収益額とし、通常1~3年分の超過収益を時価純資産額に加味して算定します。
【のれん代に含まれる要素】
- 地域での認知度・信頼度
- 患者との良好な関係
- 優秀なスタッフ
- 独自の治療技術・ノウハウ
- 立地条件の優位性
関連記事:のれんの償却期間は?会計基準による決め方と税務上の違いも解説
表明保証
契約または契約当事者や法務、財務、税務などに関する事実が真実であるとして、契約相手側にその内容を保証するものです。これに違反していた場合には、相手側は契約を解除できたり補償してもらえるといった規定が記載されています。
表明保証は売り手側だけでなく買い手側も対象です。病院やクリニックの譲渡後に、買い手側が適切な運営をすることを内容に盛り込んでおくと、承継後の運営トラブルが防げます。
前提条件
譲渡が成立する前に、売り手側と買い手側の双方が実行するべき義務のことをいいます。あらかじめ定めた前提条件を全て行わないと、譲渡は実行できません。
前提条件には、貸借対照表が定められた状態になっていることや、医療法人の社員総会で譲渡の承認が得られていることなどが内容に含まれます。
【前提条件の例】
- 社員総会での承認決議
- 必要な許認可の取得
- 重要契約の同意取得
- デューデリジェンスの完了
承継後の義務
最終契約書には、締結後に売り手側と買い手側双方がやるべき義務についても記載がされています。引き継ぎ後のトラブルを防止し、スムーズな運営移行を実現するためです。
主に、行政手続きや請求書が届いた際の取り決めなどが定められています。
クリニックの医院継承(M&A)に関してよくある質問
ここではクリニックの承継(M&A)について、よく寄せられる質問とその回答をまとめました。
医院継承とM&Aは同じ意味ですか?
いいえ、同じ意味ではありません。医院継承は「医療機関の承継全般」を指し、M&Aは「第三者への承継(売買)のみ」を指します。医院継承には親子継承も含まれますが、M&Aは第三者間取引のみです。
承継にかかる期間はどの程度ですか?
案件規模や複雑さにより異なりますが、初期相談から成約まで6か月~1年程度が一般的です。医療法人の複雑な案件では1年以上かかる場合もあります。
【段階別の期間目安】
| 段階 | 期間の目安 |
|---|---|
| 初期相談~基本合意 | 2〜4か月 |
| デューデリジェンス | 1〜2か月 |
| 最終契約〜クロージング | 1〜3か月 |
関連記事:医業承継(医院継承)における譲渡が成立するまでの期間
承継価格の相場はどの程度ですか?
一概には言えませんが「1年分の営業利益+承継できる建物や医療機器の簿価(時価)」が目安となることが多いです。診療科や立地、収益性、将来性などによっても大きく変動します。
【承継価格に影響する要因】
- 収益性の安定度
- 立地条件
- 設備の状況
- 患者の年齢構成
- 地域の競合状況
関連記事:医院継承の相場はどれくらい?コンサルタントが開業費用や譲渡価格について解説!
出資持分のある医療法人とない医療法人では、どちらが承継しやすいですか?
出資持分のある医療法人のほうが、承継の手続きはしやすいです。出資持分のない医療法人では承継時に基金の設定が必要で、理事会や社員総会での複数回の決議、都道府県への認可申請など手続きが煩雑になります。
また、基金の拠出者に対する返還義務があるため、将来的な資金計画も慎重に検討する必要があります。ただし、どちらも専門家による適切なサポートがあれば承継は可能です。
関連記事:拠出金返還請求とは?譲渡時の評価額の計算や注意点を解説
医院継承成功のカギは専門用語の理解と適切な仲介会社選び
医院継承は専門性が高く、医療法の規制や税務、契約手続きなど幅広い知識が必要です。これらの用語を理解することで、仲介会社や専門家とのやり取りがスムーズになり、より良い条件での承継が実現できるでしょう。
しかし、実際の承継では個々の医院に応じた専門的な判断も求められます。医療業界のM&Aに精通した専門家のサポートを受けることで、安心して承継ができます。医院継承のご相談なら、ぜひ医院継承専門のエムステージマネジメントソリューションズにお問い合わせください。
医療業界専門のコンサルタントが、徹底サポートをいたします。
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本記事の監修者

田中 宏典 <専門領域:医療経営>
株式会社エムステージマネジメントソリューションズ代表取締役。
医療経営士1級。医業承継士。
静岡県出身。幼少期をカリフォルニア州で過ごす。大学卒業後、医療機器メーカー、楽天を経て株式会社エムステージ入社。医師紹介事業部の事業部長を経て現職。
これまで、病院・診療所・介護施設等、累計50件以上の事業承継M&Aを支援。また、自社エムステージグループにおけるM&A戦略の推進にも従事している。
2025年3月にはプレジデント社より著書『“STORY”で学ぶ、M&A「医業承継」』を出版。医院承継の実務と現場知見をもとに、医療従事者・金融機関・支援機関等を対象とした講演・寄稿を多数行うとともに、ラジオ番組や各種メディアへの出演を通じた情報発信にも積極的に取り組んでいる。
医療機関の持続可能な経営と円滑な承継を支援する専門家として、幅広く活動している。
より詳しい実績は、メディア掲載・講演実績ページをご覧ください。
【免責事項】
本コラムは一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の取引や個別の状況に対する税務・法務・労務・行政手続き等の専門的なアドバイスを提供するものではありません。個別案件については必ず専門家にご相談ください。