【医師向け】退職金所得の計算方法と手取り額のシミュレーションを紹介
目次
退職金は、長年の勤務に対して受け取る大切な報酬ですが、受け取り方や勤続年数によって税負担が大きく変わります。特に医療法人の理事長や院長を務められている場合、退職金の支給額やタイミングをある程度コントロール可能です。
本記事では、退職金所得の計算方法をわかりやすく解説します。また退職金2,000万円を受け取った場合の手取り額シミュレーション、医療法人の理事長・院長が活用できる節税ポイントも紹介します。手元に多く資産を残すためにも、税務上の取り扱いを正しく理解しておきましょう。
退職金所得は給与所得に比べて税負担が軽い
退職金は、給与所得とは別枠で税金を計算する「分離課税」という仕組みが適用されます。毎月の診療報酬や役員報酬とは切り離して課税されるため、一般的に所得の高い医師でも退職金は軽い税率で受け取れるわけです。
また、税負担が軽くなっている理由は主に2つあります。
一つは、退職金が長年の勤労に対する報酬としての性格を持つこと、もう一つはリタイア後の生活を支える老後資金としての役割があることです。こうした観点から、退職金所得には税制上の優遇措置が設けられています。
退職所得金に該当するもの・しないもの
適正な申告を行い、税制上のメリットを確実に受けるためにも、まずは退職金所得として認められるものを把握しておきましょう。名目上は退職金でも実態が給与や賞与と判断されると優遇措置を受けられず、高い税率が課されるリスクがあります。原則として「退職により一時に受け取る給与」が対象ですが、詳細は以下のとおりです。
【退職所得に該当するもの】
- 法人・勤務先から支払われる退職手当・退職金
- 退職に伴い支給される報償的給与
- 社会保険制度等に基づき、退職により一時金として支給されるもの
- 確定拠出年金(企業型・個人型)の老齢給付金としての一時金
- 退職給付引当金から支払われる一時金
【退職所得に該当しないもの】
- 年金として受け取る退職金(公的年金等に係る雑所得として課税)
- 退職前(在職中)に支払われる役員報酬・賞与(給与所得として課税)
- 退職後に支払われる通常の報酬・賞与(給与所得として課税)
- 退職に伴い支給されるが、一時金ではなく年金形式のもの
- 退職記念品等の実費的な補填金
医療法人の理事長や院長が受け取る「役員退職慰労金」は、法人から一時金として支給されるのが一般的です。そのため、後述する退職所得の優遇税制を活用できます。
退職金所得は受け取り方によって税負担が異なる

退職金の受取方法は「一時金」「年金」「併用」から選択できます。受け取り方によって適用される税のルールが変わるため、リタイアや医院継承(医業承継)を計画する段階から比較検討しておくことが重要です。
一時金で受け取る場合は「退職所得」として課税
退職金を一時金(まとめて受け取る方法)で受け取ると、「退職所得控除」と「1/2課税」という二重の優遇が適用されます。
退職所得控除とは、在任年数に応じて退職金から一定額を差し引ける非課税枠のことです。さらに控除後の残額に1/2をかけた金額だけが課税対象となるため、年収が数千万円規模となる理事長・院長でも、退職金は大幅に軽い税負担で受け取れます。
医療法人からの役員退職慰労金はほぼ一時金支給のため、この優遇が使えます。
年金形式で受け取る場合は「雑所得」として課税
年金として分割で受け取ると「雑所得」として課税され、退職所得控除や1/2課税の優遇は適用されません。公的年金(国民年金・厚生年金)と合算して計算されて「公的年金等控除」が適用されます。一時金と比較すると税負担が重くなるケースが多い点に注意が必要です。
一時金+年金の併用で受け取る場合
一部を一時金、残りを年金で受け取ることも可能です。それぞれ退職所得と雑所得として計算され、双方の控除枠が併用できます。一見効率的に見えますが、それぞれの控除を最大限活用できるわけではありません。
個別でシミュレーションを行い、税と社会保険料の合算負担が最小となるバランスを見極める必要があります。
一時金で受け取った場合の退職金所得の計算方法
一時金受取時の税額は「退職所得控除額」を算出し、次に「課税退職所得額」を求めて、最後に「所得税・住民税」を算出する3段階で計算します。
特に「勤続年数」が非課税枠(控除枠)を大きく変動するため、正確な手順を確認しましょう。
1.退職所得控除額の計算と早見表
退職所得控除額は、勤続年数(1年未満の端数は切り上げ)によって、下記のように計算方法が異なります。
| 勤続年数 | 退職所得控除の計算式 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × 勤続年数(最低80万円) |
| 20年超え | 800万円 + 70万円 × (勤続年数 − 20年) |
医療法人の場合は、理事長・院長として法人に在籍した年数が勤続年数にあたります。
勤続年数別の控除額の早見表は下記のとおりです。
| 勤続年数 | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 10年 | 400万円 |
| 15年 | 600万円 |
| 20年 | 800万円 |
| 25年 | 1,150万円 |
| 30年 | 1,500万円 |
| 35年 | 1,850万円 |
| 40年 | 2,200万円 |
※出典:No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)|国税庁
たとえば医療法人を設立して30年のキャリアがある理事長の場合、退職所得控除額は1,500万円になります。
2.課税退職所得額の計算
控除額を差し引いたあと、その金額をさらに「1/2」にします。この優遇により税負担は大幅に軽減されます。
| 課税退職所得額=(退職金 − 退職所得控除額)× 1/2 |
たとえば退職金が2,000万円、勤続30年の理事長の場合 (2,000万円 − 1,500万円)× 1/2 = 250万円が課税退職所得額になります。
3.所得税額と住民税額の計算
課税退職所得額に対して、以下3つの税率を適用します。
| 課税される税金 | 計算式 |
|---|---|
| 所得税 | 累進税率(5〜45%)× 課税退職所得額 − 控除額 |
| 復興特別所得税 | 所得税額 × 2.1% |
| 住民税 | 課税退職所得額 × 10%(一律) |
年金形式で受け取った場合の退職金所得の計算方法
年金受取の場合、一時金のような「2分の1課税」は利用できません。他の公的年金と合算した合計額に「公的年金等控除」を適用して「雑所得」を算出します。受け取りが長期間になることから資金計画は立てやすいものの、総合課税として他の所得と合算される点に注意しましょう。
1.公的年金等控除額の計算
年金形式で受け取る退職金には「公的年金等控除」が適用されます。
この控除額は①年齢(65歳未満・65歳以上)と②公的年金等の収入合計額によって決まります。国民年金・厚生年金など、受け取るすべての公的年金と合算して計算する点がポイントです。
以下は、ほかの所得(年金以外の収入)が1,000万円以下の場合の控除後の雑所得額早見表です。
| 受給者の年齢 | 年金受取額(年間合計) | 控除額の計算式 |
|---|---|---|
| 65歳未満 | 130万円未満 | 60万円 |
| 130万円以上410万円未満 | 年金額 × 25% + 27万5,000円 | |
| 410万円以上770万円未満 | 年金額 × 15% + 68万5,000円 | |
| 65歳以上 | 330万円未満 | 110万円 |
| 330万円以上410万円未満 | 年金額 × 25% + 27万5,000円 | |
| 410万円以上770万円未満 | 年金額 × 15% + 68万5,000円 |
※公的年金等以外の所得が1,000万円を超える場合、控除額はさらに段階的に縮小されます。
たとえば、65歳以上で公的年金等以外の所得が1,000万円以下の理事長が、退職金を年間200万円の年金形式で受け取った場合の雑所得額は以下のとおりです。
200万円 − 110万円(控除額)= 90万円(課税対象の雑所得額)
2.雑所得額と税額の計算
雑所得の計算式は以下のとおりです。
| 雑所得=年金受取額 − 公的年金等控除額 |
算出された雑所得額は給与所得等と合算して税率を適用します。累進税率のため、退職後も顧問医報酬や不動産所得がある場合には高い税率が適用されます。
退職金が2,000万円の場合の手取りシミュレーション
ここでは医療法人で勤続30年となった理事長が、役員退職慰労金2,000万円を一時金で受け取った場合の手取り額をシミュレーションしてみましょう。
- 退職所得控除額の算出
800万円 + 70万円 ×(30年 - 20年)= 1,500万円 - 課税退職所得額の算出
(2,000万円 - 1,500万円)× 1/2 = 250万円 - 税金の算出
- 所得税:250万円 × 10% - 9万7,500円 = 15万2,500円
- 復興特別所得税:15万2,500円 × 2.1% = 3,202円
- 住民税:250万円 × 10% = 25万円
- 税金合計:40万5,702円
- 手取り額
2,000万円 - 40万5,702円 = 1,959万4,298円
【医療法人の院長・理事長向け】役員退職金の節税方法
医療法人の理事長や院長が受け取る役員退職慰労金には、退職所得の優遇税制が適用されます。さらに法人側では損金(経費)として算入できるため、理事長個人と医療法人の双方に税制上のメリットがあります。
役員退職慰労金の計算方法については「クリニックにおける役員退職金の計算方法は?税金や医院継承時のポイントも解説」の記事でも詳しく紹介しています。
退職金の支給のタイミングを計画的に行う
役員退職慰労金は損金(損益計算書に計上できる経費)として処理できます。そのため、医療法人の利益が高い年に支給することで、法人税の節税効果が最大になります。
逆に法人の赤字年度に支給すると、節税効果が薄れてしまう点に注意しましょう。支給するタイミングは法人の業績を見ながら計画的に決めることが重要です。
税理士と相談をして、退職金の最適な支給時期をあらかじめ設計しておきましょう。
M&Aのタイミングで活用する
クリニックを第三者にM&A(医院継承)で譲渡する場合、譲渡対価の一部を「役員退職慰労金」として受け取ることが可能です。
売り手となる医療法人は、退職慰労金を損金算入できるため法人税の負担が下がります。理事長や院長個人も退職所得として1/2課税の優遇が適用されるため、売却益をそのまま受け取るよりも税負担を抑えられます。
また、退職慰労金の支給によって医療法人の純資産が減少するため、買い手にとっても譲渡価格を抑えやすくなるというメリットもあります。
リタイアに伴いクリニックの譲渡も検討している先生は、この点もあらかじめ税理士と相談しておきましょう。
M&Aの税務上の注意点については、〈税理士解説〉医療法人の病院やクリニックを譲渡する際の税金の注意点もあわせてご確認ください。
退職金を受け取るときの注意点とポイント
退職金税制は有利な反面、実務上の手続きを誤ると予想外の税負担を強いられるおそれがあります。複数の退職金を受け取る場合や確定申告に関すること、退職後の住民税などは見落としがちなポイントですので、しっかり理解しておきましょう。
受給に関する申告書を必ず提出する
退職金を受け取る際は、法人に対して「退職所得の受給に関する申告書」を提出しなければなりません。この申告書を提出しないと、退職金全額に対して一律20.42%が源泉徴収されます。
医師・理事長の場合は退職金も高額になりやすいため、申告書の未提出による過剰徴収の影響も大きくなります。手続きをあらかじめ確認し、漏れなく提出しましょう。
短期間に複数の退職金を受け取る場合は控除に制限がある
複数の医療法人で理事を兼任している場合など、退職金を複数の法人から受け取るケースでは、間隔が短いと退職所得控除の重複適用が制限されます。
2026年1月以降の現行ルールでは、同一年中に複数の退職金を受け取ると合算して課税対象となります。また、iDeCo(個人型確定拠出年金)の一時金を先に受け取り、その後10年以内に退職金を受け取った場合も、控除額が調整されて税負担が増える可能性があります。(いわゆる「10年ルール」)
※出典:令和7年度税制改正の大綱|財務省 令和6年12月27日 閣議決定
iDeCoを資産形成に活用している先生は、特に受け取りのタイミングに注意しましょう。
確定申告が必要になるケースを確認する
申告書を提出し、正確に源泉徴収されている場合は、原則として確定申告は不要です。ただし、医師の場合は以下のケースで申告が必要または有利になります。
- 申告書を提出しなかった(還付のために申告が必要)
- 退職した年に非常勤収入・顧問料・講演料・原稿料などが20万円を超えた
- 医療費控除・寄付金控除など別の控除を受けたい
翌年の住民税が高くなることがある
退職金の住民税はその場で完結しますが、注意すべきは「翌年6月以降に請求される前年所得分の住民税」です。住民税は前年の所得に基づき計算されるため、現役時代の高額な所得に対する納付書が届きます。
退職後は収入が減少するため、この納税資金をあらかじめ確保しておくなど、余裕を持った資金計画を立てましょう。
役員退職金を受け取る場合は適正金額に注意する
役員退職金は自由に設定できるものではなく「功績倍率法」などを用いて適正な金額を算出しなければなりません。税務調査で「過大な役員退職金」と判断されると、損金算入が否認されるリスクがあります。
具体的な計算方法や承継時のポイントは「クリニックにおける役員退職金の計算方法は?」の記事をあわせて参照してください。
退職金所得に関するよくある質問
退職金制度は複雑であり、受取方法や個別の状況によっても税額は大きく異なります。ここでは医師からよく寄せられる疑問に回答していますので、リタイアの準備や税負担を抑える判断材料として活用してください。
Q1. 退職金はいくらまで非課税ですか?
退職所得控除額までは非課税です。控除額は勤続年数によって異なり、在任20年で800万円、在任30年で1,500万円が上限になります。退職金がこの金額を下回る場合は所得税や住民税はかかりません。
Q2. iDeCoを一時金で受け取った場合は退職金と合算されますか?
受け取る順番と間隔によって異なります。iDeCoを先に受け取り、その後10年以内に退職金を受け取ると控除額が調整されて税負担が増えます。(2026年1月以降の「10年ルール」)
控除をフル活用するには10年以上の間隔を空ける必要があります。逆に退職金を先に受け取る場合は20年以上の間隔が必要です。
Q3. 医療法人をM&Aで譲渡した際、役員退職金は受け取れますか?
受け取れます。M&Aで理事長を退任する際、医療法人から役員退職金を支給するスキームは一般的です。譲渡代金の一部を低い税率の退職所得として受け取れるため、手元に残る金額を増やせます。
まとめ:退職金所得で損をしないためにはリタイアに向けた戦略も重要
医師の退職金には、長年の勤労に報いるための手厚い税制上のメリットが設けられています。分離課税や退職所得控除、2分の1課税を正しく活用すれば、手元に残る資産を確実に増やせます。
しかし計算や手続きは専門性が高く、支給時期や受取方法を誤ると、本来抑えられるはずの税負担が増すおそれがあります。豊かなセカンドライフの実現やクリニックの円滑な承継に向けて、まずは現在の退職見込額と税負担を正確に把握しましょう。
リタイアに際してクリニックのM&A(医院継承)を検討されているなら、医療業界を専門としたエムステージマネジメントソリューションズにご相談ください。退職金の活用も含めて、クリニックの円滑な承継をサポートします。
▶医院継承・医業承継(M&A)のご相談は、エムステージ医業承継サポートにお問い合わせください。
この記事の監修者

田中 宏典 <専門領域:医療経営>
株式会社エムステージマネジメントソリューションズ代表取締役。
医療経営士1級。医業承継士。
静岡県出身。幼少期をカリフォルニア州で過ごす。大学卒業後、医療機器メーカー、楽天を経て株式会社エムステージ入社。医師紹介事業部の事業部長を経て現職。
これまで、病院・診療所・介護施設等、累計50件以上の事業承継M&Aを支援。また、自社エムステージグループにおけるM&A戦略の推進にも従事している。
2025年3月にはプレジデント社より著書『“STORY”で学ぶ、M&A「医業承継」』を出版。医院承継の実務と現場知見をもとに、医療従事者・金融機関・支援機関等を対象とした講演・寄稿を多数行うとともに、ラジオ番組や各種メディアへの出演を通じた情報発信にも積極的に取り組んでいる。
医療機関の持続可能な経営と円滑な承継を支援する専門家として、幅広く活動している。
より詳しい実績は、メディア掲載・講演実績ページをご覧ください。
【免責事項】
本コラムは一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の取引や個別の状況に対する税務・法務・労務・行政手続き等の専門的なアドバイスを提供するものではありません。個別案件については必ず専門家にご相談ください。