短期譲渡所得とは?医院継承で使える特別控除や税額シミュレーションを解説
目次
医療関係の土地や建物を譲渡する際には、その資産の所有期間によって税負担は大きく異なります。
特に所有期間が短い不動産は「短期譲渡」に該当し、税率が高くなるので譲渡時の利益が少なくなってしまいます。
税負担を抑えるためにも、譲渡時の課税の仕組みや税負担を軽減できる制度を把握しておきましょう。
本記事では、医院継承における短期譲渡所得の基本から実際の税額シミュレーション、活用できる特別控除までわかりやすく解説していきます。
短期譲渡とは不動産を含む資産の譲渡所得税に関係するもの
短期譲渡とは不動産や有価証券などの資産を取得し、5年以内に譲渡した場合に適用される所得税の区分のことです。
医院継承では、クリニックの土地・建物や医療機器、営業権などを譲渡する際に関係してきます。
たとえば1,000万円で購入した土地を1,500万円で売却した場合、500万円の譲渡益が発生し、これに対して所有期間ごとで異なる所得税が課税される仕組みです。
短期譲渡では長期譲渡に比べて税率が高く設定されているため、医院継承のタイミングによっては税負担が大きく変わる可能性があります。
【重要】医院継承で発生する譲渡所得は主に2種類
医院継承で資産を譲渡した際に生じる所得(譲渡所得)は、その資産の種類によって「分離課税」と「総合課税」の2種類に分類されます。
それぞれ詳しく解説します。
分離課税:土地や建物など不動産の譲渡
土地や建物などの不動産を譲渡した場合の所得は「分離課税」として扱われます。
分離課税は給与所得や事業所得など他の所得とは合算せず、独立して税額を計算する方法です。
医院継承では、以下のような資産が分離課税の対象となります。
【分離課税の対象となる資産の一例】
- クリニックの土地
- クリニックの建物
- 駐車場用地
- 院長の自宅(自宅兼クリニックの場合)
本記事で解説する短期譲渡や長期譲渡といった区分は、この「分離課税」にのみ関係します。
総合課税:医療機器や営業権などの譲渡
土地や建物以外の資産を譲渡した場合の所得は「総合課税」として扱われます。
総合課税とは、給与所得や事業所得などの所得と合算して課税する方法です。
医院継承では、以下のような資産が総合課税の対象となります。
【総合課税の対象となる資産の一例】
- 医療機器(CT、MRI、レントゲン装置など)
- 営業権(のれん)
- 医療用備品
- 電子カルテシステム
ただし土地や建物以外の資産すべてが、譲渡所得に含まれるわけではありません。
事業用の商品などの棚卸資産や使用可能期間が1年未満の減価償却資産、取得価額が10万円未満の減価償却資産などの譲渡による所得は、譲渡所得に含まれません。
短期譲渡所得と長期譲渡所得との違い
短期譲渡と長期譲渡では、主に所有期間と税率が異なります。
それぞれ解説していきます。
所有期間の違い
資産を所有していた期間が5年以下の場合は短期譲渡所得、5年を超えている場合には長期譲渡所得に分かれます。
ここで注意しなければならないのが、所有期間の判定基準は「譲渡した年の1月1日」が基準ということです。
たとえば2020年4月1日に取得した土地を2025年6月1日に譲渡した場合、実際の所有期間は5年2か月なので「長期譲渡所得」だと思ってしまいがちです。
しかし、判定基準となるのは「2025年1月1日時点」なので、所有期間は4年9か月となり短期譲渡所得として扱われます。
「譲渡したタイミング」ではなく「譲渡した年の1月1日時点」での所有期間によって決まる点に注意してください。
税率の違い
短期譲渡所得と長期譲渡所得では、適用される税率が大きく異なります。
所得区分 | 所得税 | 住民税 | 合計税率 |
短期譲渡所得 | 30.63% | 9% | 39.63% |
長期譲渡所得 | 15.315% | 5% | 20.315% |
※所得税には復興特別所得税(所得税額の2.1%)が含まれています。
長期譲渡所得の約2倍、所有期間が5年を境に税負担が大きく変わります。
同じ利益が出たとしても、譲渡のタイミングによって手元に残る金額が大きく変わるため、所有期間の確認が重要です。
短期譲渡や長期譲渡が影響するのは個人の所得税
短期譲渡所得と長期譲渡所得は「個人の所得税の計算」で影響します。
たとえば医院承継では、個人の開業医がクリニックを譲渡する場合に「そのクリニックの所有期間」が所得税に関係してきます。
一方で医療法人が譲渡する場合は法人税の対象となるため、税率の計算において短期譲渡や長期譲渡の区分は適用されません。
法人税では、すべての譲渡益が総合課税とみなされるためです。
譲渡所得の損益通算をできるのは原則法人のみ
不動産の譲渡によって損失(譲渡損失)が出た場合、法人は他の利益と相殺(損益通算)して全体の課税所得を圧縮できます。
一方で個人の場合、不動産の譲渡損失を給与所得や事業所得など他の所得と損益通算することは原則できません。
これは分離課税のデメリットとも言えるでしょう。
ただしマイホームの売却などの一定の条件下では、特例として個人でも損益通算が認められる場合はあります。※
出典:国税庁|譲渡所得の計算のしかた(分離課税)
短期譲渡所得の計算方法
短期譲渡の所得は、以下の計算式で求められます。
譲渡所得の金額 = 譲渡価額 -(取得費 + 譲渡費用)- 特別控除 |
土地や建物を売却した際の金額となる「譲渡価額」から取得費や譲渡費用、特別控除を差し引いた「譲渡所得」に対して、短期譲渡の税率が課税される仕組みです。
ここでは「取得費」と「譲渡費用」について詳しく解説します。
取得費とは
取得費とは、譲渡予定の資産を「取得するために発生した費用」のことです。
主に以下のような費用が取得費に含まれます。
- 資産の購入代金
- 建築代金
- 購入時の仲介手数料
- 登録免許税や不動産取得税
- 測量費や造成費
- 建物の減価償却累計額は控除
なお、建物の場合、所有期間中の減価償却費相当額を差し引いて計算します。
また、先代から相続した不動産などで取得費が分からない場合には「譲渡価額の5%」を概算取得費として計上可能です。
譲渡費用とは
譲渡費用とは「資産を譲渡するためにかかった費用」のことです。
医院継承の場合、以下のような費用が譲渡費用に含まれます。
- 仲介手数料
- 印紙税
- 登記費用
- 測量費
- 建物の取り壊し費用
- 賃借人への立退料
修繕費や固定資産税など、資産の維持や管理にかかった費用は譲渡費用には含まれません。
短期譲渡の医院継承で使える特別控除
譲渡所得の計算では、要件を満たすことで所得金額から一定額を差し引ける「特別控除」が設けられています。
【主な特別控除の種類】
公共事業等のために不動産を譲渡したケース | 5,000万円 |
マイホームを譲渡したケース | 3,000万円 |
特定土地区画整理事業等のために土地を譲渡したケース | 2,000万円 |
特定住宅地造成事業等のために土地を譲渡したケース | 1,500万円 |
平成21年及び平成22年に取得した土地等を譲渡したケース | 1,000万円 |
農地保有の合理化等のために農地等を譲渡したケース | 800万円 |
総合課税の譲渡所得 | 50万円 |
出典:国税庁:|譲渡所得の特別控除の種類
ここでは、医院継承で現実的に利用できる可能性のある特別控除を2つ、詳しく解説していきます。
50万円の特別控除
総合課税には、必ず50万円の特別控除が適用されます。
なお、総合課税(土地・建物以外)の譲渡所得に関しても、所有期間による短期譲渡と長期譲渡の区分があります。
ただし総合課税の場合、所有期間によって異なるのは税率ではなく「課税対象となる金額の割合」です。
所有期間 | 課税対象 | |
短期譲渡所得 | 5年以内 | 譲渡所得の全額 |
長期譲渡所得 | 5年超 | 譲渡所得の1/2 |
いずれの場合でも「年間最大50万円の特別控除」が適用されます。
たとえば、開業から3年で営業権(のれん)を300万円で譲渡する際に、取得費と譲渡費用の合計が200万円だった場合に譲渡所得となるのは100万円です。
所有期間は5年以内なので短期譲渡所得となり、50万円の特別控除を差し引いた50万円に課税されます。
一方で「長期譲渡所得」だった場合には、50万円の特別控除を差し引いた50万円の1/2となる「25万円」に対して課税される計算です。
この特別控除は、複数の資産を譲渡した場合でも合計で50万円が上限となり、短期と長期両方の譲渡益がある場合には、先に短期譲渡益から50万円を控除します。
居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除
自宅兼クリニックのような建物を譲渡する場合「自宅として使用していた部分」に対して、最高3,000万円の特別控除が適用される可能性があります。
建物の床面積や土地の面積に占める居住用部分の割合を計算し、その部分についてのみ特別控除が適用されます。
たとえば、建物の総床面積が300平方メートルで、そのうち100平方メートルが居住用部分だった場合、居住用部分の割合は3分の1です。
譲渡価額が9,000万円となった自宅兼クリニックの譲渡所得が6,000万円だった場合、居住用部分の譲渡所得は3分の1の2,000万円となり、全額が3,000万円の特別控除の対象となる計算です。
ただし、この特別控除の適用を受けるには様々な要件を満たす必要があるので、詳しくは国税庁のページを確認したり、専門家に相談したりすることをおすすめします。
【具体例】短期譲渡の税額シミュレーション
実際に、短期譲渡と長期譲渡で税額がどれほど変わるのか、ここでは具体的なケースでシミュレーションしてみましょう。
個人開業医が土地・建物を売却する場合
まずは以下の条件で、個人開業医がクリニックの土地や建物を譲渡したと仮定してみましょう。
譲渡価額 | 8,000万円 |
取得費 | 5,000万円 |
譲渡費用 | 300万円 |
特別控除 | なし |
【譲渡所得の計算】
8,000万円 -(5,000万円 + 300万円)= 2,700万円
課税対象の2,700万円に対して、短期譲渡と長期譲渡の税額を比較します。
【短期譲渡の場合(税率39.63%)】
2,700万円 × 39.63% = 約1,070万円
【長期譲渡の場合 (税率20.315%)】
2,700万円 × 20.315% = 約548万円
短期譲渡と長期譲渡の税負担の差額:1,070万円 − 548万円 = 約522万円
今回のケースでは、所有期間が5年を超えるかどうかで、納税額に約522万円もの差が生じます。
譲渡のタイミングが異なるだけで、手元に残る資金も大きく変わることが分かります。
医療法人が出資持分を譲渡する場合
医療法人の出資持分の譲渡は「株式等に係る譲渡所得」として扱われ、所有期間にかかわらず税率は一律で20.315%(所得税・住民税込み)です。
仮に先ほどと同じ「2,700万円」の譲渡所得だった場合、2,700万円 × 20.315% = 約548万円が譲渡所得税となります。
医療法人の譲渡スキームは出資持分の譲渡だけでなく「退職金」と組み合わせるケースも多いです。
できる限り税負担を抑えるためにも、最適な譲渡方法は専門家に相談することをおすすめします。
関連記事:〈税理士解説〉医療法人の病院やクリニックを譲渡する際の税金の注意点
【相続とM&A別】短期譲渡所得と長期譲渡所得の判断基準
資産の所有期間を計算する際の起算日(取得日)は、資産の取得方法によって異なります。
特に相続とM&A(第三者承継)はそれぞれ起算日が大きく違うため、譲渡した際の「取得期間」も変わる点に注意しなければなりません。
それぞれの取得期間の判断方法を詳しく解説します。
相続したクリニックを譲渡する場合
相続によって取得した資産を譲渡する場合、所有期間は亡くなった方(被相続人)がその資産を取得した日から計算します。※
”(贈与等により取得した資産の取得費等)
第六十条 居住者が次に掲げる事由により取得した前条第一項に規定する資産を譲渡した場合における事業所得の金額、山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算については、その者が引き続きこれを所有していたものとみなす。”
出典:e-Gov法令検索|所得税法 第60条
【具体例】
- 2018年:被相続人(父親)がクリニックを開業
- 2023年:相続人(息子)へ相続が発生
- 2024年:相続人(息子)がクリニックを譲渡
上記ケースの場合、2024年1月1日時点で所有期間は6年となるため「長期譲渡所得」として扱われます。
相続直後に医院継承をしたとしても「被相続人の取得日」が起点となるため、開業から5年が経過していれば長期譲渡に該当します。
仮にクリニックを相続した親族が「医師の免許も無く経営の知識も無い」という状態で、止むなく相続直後に譲渡される場合でも、不利な短期譲渡となることを避けられるわけです。
M&A(第三者承継)で取得したクリニックを譲渡する場合
M&Aによって取得した資産を譲渡する場合、所有期間は「承継が成立した日」から計算されます。
これは、所得税法に「所有期間が引き継がれるのは贈与、相続もしくは遺贈」による取得だと規定されているためです。
“一 贈与、相続(限定承認に係るものを除く。)又は遺贈(包括遺贈のうち限定承認に係るものを除く。)”
出典:e-Gov法令検索|所得税法 第60条の1
つまりM&Aによって資産を譲渡した場合、前の所有者の所有期間は引き継がれません。
【具体例】
- 2023年:2019年に開業された「Aクリニック」をM&Aで承継
- 2024年:承継した医師が「Aクリニック」を譲渡
この場合、2024年1月1日時点で所有期間は1年未満となるため「短期譲渡所得」として扱われます。
M&Aによって取得したクリニックの場合「承継をしてから5年間」は保有しなければ長期譲渡の恩恵を受けることができません。
このためM&Aでクリニックや関連施設(医療従事者用の社宅など)を承継する際は、特に将来的な譲渡の可能性も考慮する必要があるでしょう。
特に医院継承は動く金額が大きいため、資産の所有期間やスキームの違いなどで、税負担に何百万円もの差が発生します。
成約までは1年程度かかることを見越しつつ、不要な税負担を増やさないためにも専門家とじっくり相談することをおすすめします。
まとめ|クリニック譲渡の税金で損をしないために専門家に相談を
土地や建物を譲渡する際、所有期間が5年以下だと短期譲渡となり、長期譲渡に比べて約2倍もの税率が課せられます。
譲渡所得の計算は取得費や譲渡費用、各種特別控除の適用など、専門的な知識が必要です。
相続やM&Aなど資産の取得経緯によっても所有期間の基準が変わるため、判断を誤ると想定外の多額な税金を納めることになりかねません。
私たち「エムステージマネジメントソリューションズ」では、医院継承に精通した税理士と連携し、お客様の状況に応じた最適な承継スキームをご提案しています。
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この記事の監修者
田中 宏典 <専門領域:医療経営>
株式会社エムステージマネジメントソリューションズ代表取締役。
医療経営士1級。医業承継士。
静岡県出身。幼少期をカリフォルニア州で過ごす。大学卒業後、医療機器メーカー、楽天を経て株式会社エムステージ入社。医師紹介事業部の事業部長を経て現職。
これまで、病院・診療所・介護施設等、累計50件以上の事業承継M&Aを支援。また、自社エムステージグループにおけるM&A戦略の推進にも従事している。
2025年3月にはプレジデント社より著書『“STORY”で学ぶ、M&A「医業承継」』を出版。医院承継の実務と現場知見をもとに、医療従事者・金融機関・支援機関等を対象とした講演・寄稿を多数行うとともに、ラジオ番組や各種メディアへの出演を通じた情報発信にも積極的に取り組んでいる。
医療機関の持続可能な経営と円滑な承継を支援する専門家として、幅広く活動している。
より詳しい実績は、メディア掲載・講演実績ページをご覧ください。