クリニックはインボイス制度の対応が必要?検討する際のポイントを解説


目次
2023年から始まったインボイス制度で「自分のクリニック(病院)は対応するべきなのだろうか」と判断に迷われる方が多くいらっしゃいます。
保険診療は非課税のためそもそもインボイス制度の対象外ですが、健康診断や自費診療などは課税対象となり、取引先企業との関係性に影響があることを考えると、特に免税事業者のクリニックは悩ましいところでしょう。
そこで本記事では、インボイス制度の解説からクリニックが検討する際のポイント、判断基準などをまとめました。この記事を読めば、自院のクリニックはインボイスに対応すべきか、未対応のままで良いのかが判断できます。
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クリニックの経営に関係するインボイス制度とは
インボイス制度(適格請求書等保存方式)は、事業者同士の取引で「誰がどの商品に対していくらの消費税を払ったのか」を明確にし、消費税の取り扱いを正確に記録するための仕組みです。
2019年10月に導入された軽減税率により、消費税は10%と8%の2種類になりました。
インボイス制度が導入される前は、8%で仕入れた商品を10%で計上し、差額の2%を不正に利益計上できる状態だったため、商品ごとの税率と税額を明確に記載し、正確な税額把握を可能にするためにインボイス制度が導入されました。
この制度の重要なポイントは、取引先がインボイス(適格請求書)を受け取らなければ、支払った消費税の控除を受けられなくなることです。インボイスを発行できない事業者(クリニックや病院)との取引は、取引先にとって税務上不利になります。
クリニックや病院の場合、保険診療は消費税がかからない「非課税取引」なので課税売上に含まれないため、特に保険診療が中心のクリニックの場合には、インボイス制度の導入が不要なケースも多いです。
しかし、健康診断や予防接種、自費診療などの売上は課税対象となります。
特に企業向けの健康診断サービスを提供している病院やクリニックの場合、インボイスを発行できないと取引先企業は消費税の控除を受けられず、取引継続に影響が出る可能性もあります。
インボイス制度は「事業者間」の取引にのみ影響する
インボイス制度は、あくまで事業者同士の取引において影響する制度です。
クリニックや病院の場合、患者個人に対する診療報酬の請求や自費診療の領収書については、インボイスに対応する必要はありません。これは患者が「消費者」であり、事業者ではないためです。※
つまり「保険診療がメイン」「メインの患者は個人」というクリニックや病院の場合は、そもそも課税売上の対象となる要素が少ないので、インボイスに対応していないところも多くあります。
※フリーランスや個人事業主など、患者個人であってもインボイスに対応した領収書などを求められるケースは一部あります。
クリニックがインボイス制度に対応する目安は課税売上1,000万円以上
インボイス制度は義務ではないため、それぞれの事業者によって登録の有無は委ねられています。
一般的には「課税事業者となる課税売上高1,000万円以上」が、インボイス制度に登録する一つの目安となっています。
年間の課税売上高が1,000万円以上になると消費税の納税義務が発生するので、基本的に「インボイス制度に対応しない」というメリットがないためです。
一方で年間の課税売上が1,000万円未満のクリニックや病院の場合、消費税の納税が無いため、インボイス制度には登録しないほうが基本的にはメリットが大きいと言えます。インボイス制度に登録すると免税事業者も「課税事業者」となり、消費税の納税義務が発生するためです。
課税売上高1,000万円以上 | 課税売上高1,000万円未満 |
基本的に対応したほうが良い | ほとんどの場合、対応しないほうがメリットが大きい |
しかし課税売上高が1,000万円未満でも、インボイスに対応したほうが良いケースも中には考えられます。
次の「クリニックがインボイス制度に対応していない場合の影響」の項目で詳しく解説します。
クリニックがインボイス制度に対応していない場合の影響
クリニックや病院がインボイス制度に対応していない場合、事業者間における取引で影響のある可能性があります。
実際、日本医師会の松本吉郎会長は、健康診断や予防接種などの取引において、取引先企業や自治体との関係に影響が出る可能性があると述べています。
出典:消費税インボイス制度への対応について|日医on-line
特に従業員の健康診断を依頼する取引先企業としては、消費税を控除するためにもインボイスに対応しているクリニックを優先することが考えられるためです。
インボイスが発行できない、つまり取引先企業としては消費税の控除を受けられないことが原因で、クリニックや病院に対して価格の引き下げ要請を行う可能性もあり、最悪の場合取引自体を失うリスクも考えられるのです。
また、医師会を通じた健診等の委託事業においても、インボイス未対応だった場合には自治体や医師会からインボイス登録の要請や、対価の見直し等の協議を受ける可能性があります。
このような影響を踏まえて、免税事業者でいることとインボイスに登録して課税事業者になることと、どちらが自院にとってメリットが高いのか考慮する必要があります。

課税対象のクリニックは約7割がインボイス対応
インボイス制度が実施される直前に行われた調査によると、年間の課税売上が1,000万円を超えている医療機関のうち、72.2%がインボイス制度に対応、もしくは対応予定という結果が出ています。
【今後、インボイス登録事業者になる予定はありますか】
すでに登録済み | 49.5% |
登録していないが、予定はある | 23.3% |
登録の予定はない | 19.4% |
わからない / 答えられない | 7.8% |
出典:ペーパーロジック株式会社「介護・医療業界のインボイス制度対応に関する実態調査」|PRTIMES
インボイス制度に対応する理由として「今後も課税事業者と予防接種などの取引を続けていきたい」「現状多くの企業から健康診断や予防接種などを受託しているから」ということが多く、取引先との関係を悪化させないための対応と言えます。
一方でインボイス制度に対応しない約3割の医療機関は「(取引先から値引きの交渉があった場合に)値引きの対応をしたほうが効率が良いから」という理由が多い点が特徴です。
インボイス制度に対応するには、適格請求書を発行するためのシステムの改修費用や税務処理の手間など、さまざまな運用コストが発生します。
このように、一概に「課税事業者だからインボイスに対応したほうが良い」というわけではなく、インボイスに対応するメリットと運用コストなどを考慮する必要があると言えます。
免税事業者のインボイス対応は約2割〜3割
2023年(令和5年)に財務省が行った調査によると、全国の課税売上1,000万円未満の免税事業者は約460万者あり、そのうちインボイスに対応しているのは約111万(約2割〜3割)という結果が出ています。
出典:登録申請の状況等|財務省
この調査はすべての免税事業者が含まれるものの、医療機関においても同等の対応割合だと考えられるでしょう。
この結果からも、免税事業者の多くはインボイスに対応しなかった場合の「取引先からの価格交渉や関係性の影響」よりも、インボイスに対応した場合の「消費税の納税義務」のほうが、デメリットが大きく感じているということがわかります。
クリニックがインボイス制度を検討する際のポイント
インボイスに対応しているのは課税事業者の医療機関で約7割、免税事業者全体で約2〜3割でした。
これらも考慮した上で、ここでは課税事業者と免税事業者のクリニックにおいて「対応すべきなのか」「対応しないほうがいいのか」を判断するポイントを解説します。
免税対象のクリニックはケースバイケース
インボイス制度に対応すると免税事業者も課税事業者となるため、それぞれのクリニックの状況によって判断する必要があります。
例えば、保険診療が中心で事業者との取引が少ないクリニックでは、インボイス制度に対応するメリットは少ないと考えられます。インボイス制度は事業者間の取引において影響がある制度で、患者個人に対する診療報酬請求や自費診療の領収書は、インボイス制度の対象外であるためです。
一方で従業員の健康診断などで企業との取引が多いクリニックでは、インボイス制度に対応したほうが良い可能性があります。インボイス制度に対応していない場合、取引先が消費税の控除を受けられないことから、取引が減少したり、価格交渉をされたりする可能性があるためです。
【免税事業者となるクリニックの判断ポイント】
インボイス対応のメリットが大きいケース | インボイス対応のメリットが少ないケース |
団体や企業からの診療依頼が多い団体や企業からの診療依頼を増やしていきたい | 保険診療がメイン一般の患者の診療がメイン事業者との取引が少ない |
免税事業者のクリニックがインボイス制度に対応すると消費税の負担が発生するため、企業の取引先との関係性や今後の事業展開などを考慮して判断する必要があります。
課税対象のクリニックは基本的にインボイス対応が良い
すでに課税対象となっているクリニックの場合は、基本的にインボイス制度への対応を検討することが望ましいと言えます。
年間の課税売上高が1,000万円を超えると消費税の納税義務が発生するため、インボイス制度に対応しないことによるメリットは基本的にないためです。
特に企業などと取引をしている場合には、インボイス制度に対応しておくほうが最適と言えます。
実際55.3%もの企業が、取引先に対してインボイス制度の対応状況を確認している、という調査結果も出ているためです。
【お勤め先の企業で、取引先企業から「適格請求書発行事業者の登録番号」を確認されたことはありますか。】
ある | 55.3% |
ない | 35% |
わからない / 答えられない | 9.7% |
出典:ペーパーロジック株式会社「介護・医療業界のインボイス制度対応に関する実態調査」|PRTIMES
上記のデータからも、過半数の企業は「消費税の控除を受けられるのか受けられないのか」が気になっていることがわかります。
すでに課税事業者となっている場合には、運用コストや手間が発生したとしてもインボイスに対応しておいたほうが望ましいケースがほとんどと言えるでしょう。
クリニックがインボイス制度を登録するまでの流れ
クリニックがインボイス制度に対応するには、以下の手順が必要です。
- インボイスの登録申請を行う
- 領収書や請求書をインボイス用にする
ここではインボイスの登録申請に必要なものや、適格請求書を発行するために必要なことを具体的に解説します。
1.インボイスの登録申請を行う
インボイスの登録申請は「e-Taxによるオンライン申請」と「税務署に郵送または持参して申請」いずれかの方法で行います。
e-Taxによるオンライン申請なら税務署の窓口に行く必要がなく、パソコンで24時間いつでも手続きが可能です。
すでに確定申告をe-Taxで行っている方、これからe-Taxで確定申告を行おうと思っている方はオンライン申請がおすすめです。e-Taxを利用していない人などは登録申請書に必要事項を入力し、税務署に郵送または持参する方法もあります。
適格請求書発行事業者の登録申請書は、税務署または国税庁のホームページからダウンロードが可能です。申請を行ってからインボイス対応の登録番号が発行されるまで、e-Taxで約1か月、書面による申請で約1か月半がかかります。
e-Tax | 書面による申請 | |
必要なもの | マイナンバーカード利用者識別番号 | 本人確認書類適格請求書発行事業者の登録申請書 |
登録番号が発行されるまでの目安 | 約1か月 | 約1.5か月 |
すでに税務処理を税理士に依頼している場合には、代理申請の依頼をすれば行ってくれる可能性があります。
2.領収書や請求書をインボイス用にする
インボイス制度の申請が終わったあとは、領収書や請求書を「適格請求書(インボイス)」の要件を満たしたものにする必要があります。
適格請求書に必要な事項は、下記のとおりです。
- 適格請求書発行事業者の氏名又は名称及び登録番号
- 課税資産の譲渡等を行った年月日
- 課税資産の譲渡等に係る資産又は役務の内容
- 課税資産の譲渡等の税抜価額又は税込価額を税率ごとに区分して合計した金額及び適用税率
- 税率ごとに区分した消費税額等
- 書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称
現在使用している自動精算機などの会計機器やレセプト機器などが、インボイスに対応した発行をできるのか確認し、必要であればシステムの改修を行います。
インボイス制度を登録する際の注意点
インボイス制度への登録は、クリニックの経営にさまざまな影響を与えます。
特に免税事業者がインボイスに登録する場合は、消費税の負担が増加する点で注意しなければなりません。
ここでは、インボイス制度に登録する際の注意点を解説します。
免税事業者でも消費税の申告が必要になる
インボイス制度に登録すると、免税事業者であっても課税事業者となり、消費税の申告と納税の義務が発生します。
たとえば非常にシンプルに考えた場合、自費診療の売上が年間で500万円、保険診療の売上が2,000万円だった場合、課税売上は1,000万円未満となり消費税を収める必要はありません。
そこでインボイスに対応すると、自費診療の売上500万円に対する消費税を納税する必要が出てくるということです。
しかし、免税事業者がインボイス対応によって課税事業者になった場合には「2割特例」という消費税の負担軽減措置が設けられています。2割特例とは、消費税の計算方法を簡易的にできて、納税額を売上税額の2割に軽減できる制度です。
適用されるのは、2023年10月1日から2026年9月30日までの間に属する各課税期間です。
ただし、2割特例はあくまでも「免税事業者がインボイス対応によって課税事業者となった場合」に限って適用されます。そのため、適用期間中だったとしても、課税売上が1,000万円を超えた場合には適用されない点は注意しましょう。
これらの軽減措置も考慮して、免税事業者のクリニックはインボイスに対応したほうが良いのか、必要に応じて税理士などの専門家に相談しながら判断することがおすすめです。
登録後2年間は免税事業者になれない
免税事業者がインボイスに登録をして課税事業者になった場合、登録してから2年間は免税事業者にはもどれません。
厳密にはインボイスの登録は取り消し可能ですが、取り消したあとも課税事業者として消費税の申告が必要になります。
“「適格請求書発行事業者の登録の取消しを求める旨の届出書」を提出し、登録の効力が失われても、基準期間の課税売上高にかかわらず、課税事業者として消費税の申告が必要となります。”
上記の制度にかかわらず、インボイス登録の取り消しを行うと再びシステムの改修などが必要になるため、少ないケースだとは考えられます。
「やっぱり免税事業者のままでよかったかもしれない」とならないためにも、免税事業者の場合はしっかりと検討する必要があるでしょう。
クリニックのインボイス制度は取引先を考慮して対応しましょう
免税事業者となるクリニックの場合、インボイス制度への対応は慎重な判断が必要です。
保険診療がメインなら基本的に不要ですが、法人や自治体との健康診断・予防接種の取引が多い場合にはインボイスの対応を検討すべきでしょう。
目安として課税売上1,000万円以上なら基本的には対応したほうが良く、それ以下なら取引先との関係性を考慮して判断しましょう。
特にこれからクリニック開業を目指す医師の方は、開業形態や想定される診療内容に応じてインボイス対応を検討する必要もあります。
クリニックの開業をご検討中の方は、医院継承に特化した私たちエムステージマネジメントソリューションズに、ぜひご相談ください。
この記事の監修者

田中 宏典 <専門領域:医療経営>
株式会社エムステージマネジメントソリューションズ代表取締役。医療経営士1級。医業承継士。医療機器メーカー、楽天を経て株式会社エムステージ入社。医師紹介事業部の事業部長を経て現職。これまで、病院2件、診療所30件、介護施設2件の事業承継M&Aをサポートしてきた。エムステージグループ内のM&A戦略も推進している。プレジデント社より著書『”STORY”で学ぶ、М&A「医業承継」』を上梓。