医療法人における役員報酬の相場と決め方は?
目次
全国数万人の開業医の中には、節税などを目的に自院の医療法人化を検討している方も少なくないでしょう。
特定医療療法人として税優遇を受けるには、役員が3人以上必要なほか、役員陣の3分の2以上を親族関係のない他人同士で構成する必要があります。ここでトラブルになる原因の1つが、役職ごとの役員報酬の設定です。
今回は医療法人の役員報酬について、適正な金額を設定するためのポイントを一通り解説していくので、クリニックを経営している方は是非参考にしてみてください。
病院・クリニックの承継をご検討中の方はプロに無料相談してみませんか?
エムステージグループの医業承継支援サービスについての詳細はこちら▼
医療法人とは
医療法人とは、医療法に基づいて設立される非営利法人で、医療サービスを地域に安定的に提供することを目的とした団体です。法人格を持つことで資金調達がしやすく、公益性が高いです。税制面でも優遇されるため、多くの開業医が法人化を選択しています。
営利法人との違いは、株式などの出資持分や利益の配当がない点にありますが、事業で利益を上げること自体は問題ありません。
医療法人の役員の種類
医療法人は最高責任者の「理事長」と、法人の業務や意思決定に関与する「理事」、そして業務の健全性を独立的立場からチェックする「監事」で構成されています。
以下でそれぞれ見ていきましょう。
理事長
医療法人における理事長の選任については、医療法第46条の3第1項に基づき、理事長は医師または歯科医師の理事のうちから選出されるのが基本です。
しかし、都道府県知事の認可を得ることによって、医師や歯科医師以外の理事から理事長を選出することも可能です。
理事長選出に際しては、理事会や医療法人の安定的運営を考慮し、都道府県の医療審議会の意見を聴いた上で、候補者の経歴や法人の財務状況などを総合的に評価して適任者を選ぶことが求められます。また、理事長が非医師の場合には、特に法人運営への影響を慎重に考慮する必要があります
理事
理事は医療法人の経営に関与する役員であり、同時に理事長が都度招集する理事会のメンバーとして、経営面の助言や予算の承認などを担います。
また、理事会で決定された業務を実行する役割や、他の理事の業務進捗をチェックする役割も担っており、円滑な法人運営には十分な人数の理事が不可欠です。
さらに、理事の役職は、経営戦略や予算管理を担当する専務理事と、従業員の監督や会計管理を担当する常務理事に細分化されます。
一般的には専務が上位の立場となりますが、法律上の規定は特にないため、開業クリニックのような少人数法人では、無理に上下関係を設ける必要はないでしょう。
さらに詳しく知りたい方は以下の記事をご確認ください。
監事
監事は、法人の経営や各理事の業務を独立した立場から監査する役員であり、法人の透明性や健全性を対外的に示す重要なポストです。
具体的な業務内容としては、財務状況や各種書類の監査、法人定款や各種法律の遵守確認などが挙げられます。
理事会では、出席および意見陳述の義務があり、理事の不正を理事会に報告するなど、法人内の人事に大きな影響を与えます。
そのため、監事と理事は兼任できず、また監事は理事の親族(三親等以内)以外から選任する必要があります。
医療法人の役員報酬とは
医療法人の役員報酬とは、医療法人の理事や監事などの役員が法人から支払われる報酬のことを指します。この報酬は、法人の業績や役員の職務に応じて決定されます。
医療法人においては、定款で定められた方法に基づき、社員総会の決議を通じて報酬額が決定されることが一般的です。また、法人の規模や業績に応じて、役員報酬が高額になる場合もあれば、規模が小さな医療法人では抑えられることもあります。
医療法人の役員報酬は、公益性の高い法人の性質を考慮し、適正な範囲内で設定される必要があります。過剰な報酬設定は法人の財務状況に悪影響を及ぼす可能性があり、また社会的信頼を損ねる恐れもあります。
そのため、報酬の決定には法人内外の利益相反を避けるための透明性が求められます。
医療法人の役員報酬の種類
医療法人の役員報酬は、毎月同じ金額を支払う「定期同額給与」と、予め定めた時期にまとまった金額を支払う「事前確定届出給与」に大別されます。
定期同額給与
定期同額給与は、一般社員に対する月給と同様に、役員に毎月同じ金額を支払う報酬形態です。この方法では、毎月一定額の報酬を設定することで、役員に生活の安定と安心感を提供できるというメリットがあります。
特に、大きな利益を見込みにくい小規模クリニックの運営においては、定期同額給与の方が人材を集めやすいと言えるでしょう。
また、報酬が一定であることは法人側にもメリットがあり、変動型の給与に比べて財務管理がはるかに容易になります。しかし、業績に連動しない固定報酬であるため、モチベーションとして役員のパフォーマンス向上を期待するのは難しいと言えます。
事前確定届出給与
事前確定届出給与とは、事前に報酬の金額と支給時期を定める報酬形態であり、一般的には業績に連動して金額が上下します。法人への貢献がダイレクトに報酬に反映されるため、役員間で競争を促進しやすく、中規模以上の医療法人において業績向上に効果的です。
ただし、基本的に前年の貢献をもとに当年の業績を予想して給与を設定するため、実際の業績に対して過剰な報酬を支払うリスクもあります。
また、事前確定届出給与を採用する場合、所定の期限までに税務署への届出が必要です。所定の期限は、「給与・支給日等の決議日から1か月以内」または「事業年度開始から4か月以内」のいずれか早い方です。
事前に税務署へ届け出ることには、法人税計算時に役員報酬を損金算入できるというメリットもあります。
医療法人の役員報酬の相場
医療法人において、役員報酬に関する明確な公式や基準は存在しません。ただし、業種を絞らない場合、国税庁が公表している「民間給与実態統計調査」の統計第7表を参照することで、役員報酬の平均値を確認できます。
この統計によれば、2023年時点で株式会社を除く法人の平均役員報酬は約606万円となっています。医業は一般的に高収入が期待される職業であるため、役員のモチベーションを維持するには、この平均額を超える報酬を支給するのが望ましいと言えます。
もちろん、最終的な報酬額は、各役員の役割や責任、法人の財務状況など、さまざまな要因を踏まえて適切に設定する必要があります。
また、個人診療所の場合での給与費は医業収入の24.6%となっています。例えば、個人診療所が年間の医業収入として5,000万円を得ている場合、1,230万円が報酬となります。
医療法人の役員報酬に上限はない
医療法人の役員報酬には明確な上限金額は定められていません。そのため、業績に関係なく特定の理事に高額の報酬を支払うことも法的には可能です。しかし、税務上の損金算入が適用されるため、税務署は不当な高額報酬を見逃しません。
役員の職務内容や法人の経営状況と照らし合わせ、報酬が不適切であると判断されれば、損金算入が認められない可能性があります。
税務リスクを避けるためだけでなく、職務や実績に見合わない報酬設定は、法人内で不和を生じることがよくあります。健全な法人運営を維持するためには、役員報酬の基準を統一し、役員間で比較して違和感がないように配慮することが重要です。
■■■関連記事■■■
医療法人の役員報酬の決め方
ここからは、医療法人の要職である理事長・監事・会計監査人のそれぞれについて、一般的な役員報酬の決め方を解説していきます。
理事長の役員報酬
医療法人の理事長は法人の最高責任者ですが、自らの報酬を決定することはできません。理事長の報酬も他の理事と同様に、理事会の決議を経て確定されます。
理事長の報酬決定においては、理事長が法人の顔であるため、法人の規模や収益が他の役職よりも重要視されることが一般的です。また、理事長報酬の算定方法は定款に明記し、法人運営の透明性を外部にアピールすることが求められます。
監事の役員報酬
監事の役員報酬も理事会の決議によって確定しますが、理事長や他の理事に比べて経営に直接関与していないため、報酬決定においては若干不利な立場にあると言えます。だからこそ、議決に関わるすべての理事が監事の重要性を正しく認識しなければなりません。
また、監事は第三者である弁護士・公認会計士・税理士に依頼する場合が多く、月額5万円から10万円の報酬が相場となります。
医療法人の役員報酬を決めるポイント
本項では、医療法人の役員報酬を決める上で、役職問わず採用可能なプロセスを3種類解説します。
税率を考慮に入れる
医療法人の役員報酬を決定する際には、税務面での影響を十分に考慮することが重要です。例えば、事前確定届出給与を利用すると、法人税の軽減効果を得ることができ、役員報酬の増額に繋がります。
また、役員個人の所得税や社会保険料を意識して報酬額を設定し、実際の手取り額が希望通りになるよう調整することも大切です。
適切な税務管理を行うことで、法人全体の税負担を最適化し、過度に高額と見なされない範囲で役員報酬を引き上げることができます。
これにより、税務上のリスクを回避しつつ、役員の待遇を向上させることが可能です。
必要なキャッシュフローを把握する
キャッシュフローとは、法人のお金の流れ、つまり「入金」と「出金」を包括的に表す概念です。企業や医療法人が適切に運営されるためには、月々の固定費(人件費やリース料など)と変動費(水道光熱費、医療用品費など)を正確に計算し、それに基づいて支出の見積もりを行うことが不可欠です。
また、将来の設備投資なども考慮して、財務に無理が生じない役員報酬を設定することが重要です。
税金の負担はできる限り抑えることが望ましいものの、サービスの質を保つための支出を極端に削減することは望ましくありません。
サービスの質向上に必要な支出を抑えすぎることは、医療法人の提供するサービスの信頼性や顧客満足度に悪影響を及ぼす恐れがあります。必要な出費が想定より大きくなった場合、役員報酬を若干引き下げてバランスを取ることも一つの方法です。
同規模のクリニックや医院を参考にする
役員報酬の適切な水準を判断する際、自院に類似する医療機関のデータを参考にすることは非常に有効です。類似性の判断基準としては、地域、診療科目、経営規模、運営年数などが挙げられます。
これらの要素において一致または類似している医療機関ほど、報酬の設定基準として参考にしやすくなります。
ただし、医療法人の役員報酬に関しては、株主総会議事録のような公開されているデータは原則として存在しません。そのため、必要であれば、都道府県に定款の閲覧を申請するか、定款に記載がなければ医療機関に直接問い合わせる必要があります。
また、他院のデータはあくまでも参考の一つであり、報酬決定の際には、自院の独自性や経営方針をしっかりと考慮することが大切です。
医療法人の役員報酬の法的規制
医療法人の役員報酬に上限はないと言われていますが、1つ例外があります。それは、「特定医療法人」として国税庁長官の承認を受けている場合、理事長を含む役員1人あたりの報酬が年3,600万円以下に制限されるというものです。
この規定を含む特定医療法人の要件に違反した場合、20万円以下の過料が課せられる上、場合によっては認定自体を取り消される恐れもあります。
また、事前確定届出給与に関しては、期限厳守以外にも注意すべき点が2つあります。
1つ目は、役員報酬を予定通り支給できなかった場合でも、源泉徴収は事前に確定した金額を基準に行われる点です。
2つ目は、役員報酬として支出しなかった金額が債務免除益と見なされ、法人税の課税対象になる可能性がある点です。
税務上の特例に関しては、その要件を満たせなかった場合の法的リスクも考慮し、適用するかどうか慎重に検討する必要があります。
医療法人の役員報酬は適切な額を設定しよう
医療法人における役員報酬の種類、および適切な額を設定するためのポイントについて解説しました。
税制の詳細や各種特例の要件に関しては、必ず国税庁HPなどで詳細を確認してください。
その上で役員報酬の設定に少しでも行き詰まりを感じたら、経営サポートに強い税理士等の専門家を探したうえで、早い段階で相談しておきましょう。
この記事の監修者
田中 宏典 <専門領域:医療経営>
株式会社エムステージマネジメントソリューションズ代表取締役。医療経営士1級。医業承継士。医療機器メーカー、楽天を経て株式会社エムステージ入社。医師紹介事業部の事業部長を経て現職。これまで、病院2件、診療所30件、介護施設2件の事業承継M&Aをサポートしてきた。エムステージグループ内のM&A戦略も推進している。