借地権が関係する医業承継の注意点
目次
地方の診療所の承継には、借地上に開業するケースが多いです。診療所のM&Aでは、売り手が建物と借地権を持ち、譲渡する場合は地主の承諾が必要となります。承諾が得られない場合、裁判所に申し立てる方法もあります。承諾なしに契約解約し、新契約を結ぶ方法もありますが、その場合でも地主との協議が必要です。契約更新が困難な定期借地権の場合は慎重な交渉が求められます。地主の承諾は、譲渡成立の前提条件として契約書に明記することが大切です。
今回は、借地の上に建つ診療所の医業承継において問題となる法律上・契約上のポイントを解説していきます。
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地方の医業承継(医院継承)では借地開業の診療所が、M&Aの売り手となるケースが多い
都市部では、テナントビルなどの一室を借りて診療所を開業するケース(テナント開業)が一般的です。
一方、郊外や地方部では、駐車場も含む敷地内に一戸建ての診療所を構えているケースや、院長の自宅の一部を診療所としているケースが多く見られます。
後者のケースは以下の3パターンがあります。
- 土地、建物ともに賃貸借
- 土地、建物ともに、院長の自己所有(戸建開業)
- 土地は借地、建物は院長の自己所有(借地開業)
1は、建物の形こそ違いますが、契約としては都市部のテナント開業と、ほぼ同じです。多いのは2か3です。
第三者への医業承継をおこなう場合、1は、医療機器や設備・内装などの動産と無形の資産(患者情報、カルテ、地域での信用力など)が譲渡対象となります。これも、テナント開業の場合と同様です。
2ではそれらに加えて、土地、建物を譲渡(場合によっては、賃貸)することになります。 3では、建物については2と同じですが、土地は第三者が所有しており、そこに「借地権」が発生しているため、権利関係がやや複雑になります。本記事では、この3借地開業の場合に、医業承継(M&A)をする際の注意点などを解説します。
なお、借地権は、借地借家法において以下のように定義されています。
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。 一 借地権 建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権をいう。 |
上述のように、借地権には「地上権」と「賃借権」がありますが、公共用地とする場合や特別な事情のある場合を除き、通常は賃借権が設定されます。 賃借権とは、「建物の所有を目的として土地を賃借する権利」を指します。本記事では以降、「借地権」を「借地の賃借権」の意味で用います。
借地開業の診療所の承継における2つのパターン
借地の上に自己所有の建物(診療所)があるケース(借地開業)で、M&Aによって、第三者に医業承継をするケースを考えます。
この場合、診療所建物の所有者(=M&Aの売り手)は、「建物の所有権」と「土地の借地権」を有しています。
借地権(賃借権)は建物所有を目的としているため、借地上の建物を譲渡する際には借地権もあわせて、M&Aの買い手に移転する必要があります。
この借地権の移転には2つの方法があります。
(A)借地人としての契約上の地位を買い手に移転し、売り手と地主が結んだ借地契約をそのままの条件で買い手が承継する(借地権譲渡のスキーム) (B)これまでの借地契約をいったん解約し、買い手が新たに地主と借地契約を結ぶ(契約まき直しのスキーム) |
(A)の場合、借地借家法に基づき、売り手は原則として地主から借地権譲渡の承諾を得る必要があります。つまり地主が「うん」と言わなければ借地権を譲渡できません。
(B)の場合、売り手と買い手の双方で、それぞれ地主との協議が必要となります。
以下、それぞれのスキームについて解説します。
(A)医業承継(医院継承)において、借地権譲渡のスキームを用いる場合
医業承継において、借地の上に建つ診療所などの建物を譲渡し、借地権も譲渡する場合、売り手は事前に地主と協議し、借地権の譲渡について承諾を得ておく必要があります。
地主がこれを承諾する場合、承諾の条件(承諾料)として、土地の借主(M&Aの売り手)は地主に地代の10%程度を支払うことが、一般的な慣例となっています。
地主が借地権譲渡を承諾しない場合
地主が借地権譲渡で不利益を被るわけでもないのに譲渡を承諾しない場合、借主は、裁判所に「借地非訟事件(土地の賃借権譲渡又は転貸の許可申立事件)」を申し立てる方法があります。
借地非訟事件申立てにより裁判所から譲渡の許可が得られれば、借地権を譲渡することができます。その場合でも、利益の均衡を図るため、地代の10%程度を地主に支払うよう借主に求めるのが通例です。
地主の意に反して、裁判によって借地権を譲渡することになると、新たな借地人となるM&Aの買い手は、地主と良好な関係を築きにくくなり、経営上の不安定要素を抱える恐れがあります。 そのため、買い手がその分のM&A対価の減額を売り手に対して求めるケースがあることに、留意しておきましょう。
(B)借地上の建物を譲渡し、借地契約をまき直す場合
M&Aの売り手が地主との借地契約を解約(中途解約)し、買い手が新たに地主と借地契約を結び直す場合です。いずれも、地主との協議が必要になります。
まず、借地契約の中途解約には地主と借主の合意が必要です。M&Aによる事業承継の場合、借主の都合で解約することになるため、合意の条件として、地主から承諾料が請求されることが一般的です。
他方、M&Aの買い手と地主の借地契約においては、地代の値上げなど、契約条件の変更が求められることが少なくありません。そのような、買い手に不利益な変更が地主から求められた場合、それが、M&Aの条件交渉に影響する可能性は大きいでしょう。 また、地主が解約と契約まき直しに同意しない場合には、借地権譲渡に切り替えて交渉するという選択肢があります。それでも同意が得られない場合、上で説明した借地非訟事件の申立てをおこなうしかないでしょう。
なお、後述の事業用定期借地権の場合、「経営不振などにより事業継続が困難となった場合には借主が一方的に解約を申し入れることができる」とする特約が設定されていることがあります。
こうした特約があり、診療所の経営不振や院長の体調不良を理由としてM&A譲渡をおこなうのであれば、地主との合意なしに借地解約が可能な場合もあります。
ただし、当然ですが、買い手と地主との合意は必要です。
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借地権の種類と存続期間、契約更新、再契約
借地権には「存続期間」というものがあり、存続期間が終了すると契約更新をおこなわない限り借地権は消滅します。また、借地権にはいくつかの種類があり、契約更新や中途解約の可否が異なります(下表)。
借地権の種類 | 契約更新 | 中途解約 |
---|---|---|
旧借地権 (旧借地法に基づく借地権) | 借主が希望すれば原則として 契約更新成立。地主に正当な 理由があれば更新拒絶が可能 | 地主・借主の合意による解約 |
普通借地権 (存続期間30年以上) | 旧借地権と同じ | 地主・借主の合意による解約。 契約更新後に建物が滅失した場合、 借主の申し入れにより解約成立 |
一般定期借地権 (存続期間50年以上、用途制限なし) | 契約更新なし(契約終了後は原則 として更地にして返還。ただし 再契約が可能な場合もある) | 普通借地権と同じ |
事業用定期借地権 (存続期間10年~50年未満、事業用途) | 契約更新なし(契約終了後は原則 として更地にして返還。ただし 再契約が可能な場合もある) | 普通借地権と同じ |
なお、旧借地法は1992年7月までの契約に適用されますが、現在でも旧借地権が契約更新により存続しているケースはあります。
借地権譲渡では存続期間がそのまま移転されることに注意
借地権譲渡では、存続期間も含めて契約条件がそのまま買い手に移転されます。
例えば、M&A時点の存続期間の残りが3年なら、買い手が譲り受けてから3年後、契約更新をおこなわない限り借地権は消滅するというわけです。
そこで、譲渡時点で存続期間が残り少ない場合、契約更新ができるか否かが買い手にとって大きな懸念材料となります。
上表にあるように、旧借地権や普通借地権の場合は、原則的に、借主が希望すれば契約更新可能であるため、更新リスクは小さいでしょう。
しかし、定期借地権の場合は、期間終了後の契約更新はできず、土地を更地にして返還するのが原則です。ただし、その定期借地権契約の終了前に、新規に定期借地権を契約すること(再契約)は禁じられていないため、再契約により実質的に契約更新と同様の状態が得られる場合もあります。とはいえ、再契約できる保証はなにもないため、M&A交渉においては、買い手には慎重な検討が求められます。
借地上に建つ診療所を賃貸する場合や、医療法人譲渡の場合
借地の上に建つ診療所の建物を賃貸する場合、建物の所有者は変わらず、借地権を譲渡することにもならないため、法律上は地主の承諾が不要です。
しかし、借地契約において、第三者に借地上の建物を賃貸する場合、地主の許諾を得ることを必要とするという条文があれば別です。実際上は、そのような条文の有無にかかわらず、トラブル防止のために地主の許諾を得ることが一般的です。
また、売り手が医療法人で、社員・理事の入れ替えなどにより法人自体を譲渡する場合、すべての権利義務が包括的に買い手に移転するため、借地権も自動的に買い手に移ります。したがって、法律上は地主の承諾が不要です。
しかしこの場合も、土地の利用者が変わることを問題視する地主は多く、地主との間でトラブルが持ち上がり、事業承継後の診療所経営に支障が出る恐れがあるため、法人譲渡前に地主との協議をしておくことは実質的には必須だといえます。
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地主との交渉のタイミングと事業譲渡契約書作成上の注意点
借地上の建物の譲渡を含む事業譲渡で、地主の意向によって借地権譲渡や借地契約まき直しが不可能になると、医業承継自体の成立が難しくなります。
したがって、可能であれば事業譲渡契約締結前に地主との協議を済ませ、借地権譲渡・契約まき直しが確実に実行できることが確信できてから、事業譲渡契約締結に進むべきでしょう。
ただし、事業譲渡契約成立前に第三者にM&Aに関する事実を開示することは機密管理の面で問題があり、契約成立前の地主との交渉を売り手ないし買い手が拒絶する場合もあります。
また、売り手側、あるいは買い手側の事情により、譲渡契約成立を急ぎたいという場合もあるでしょう。
こういった場合、買い手としては、「借地権譲渡」または「借地契約まき直しの成立」を事業譲渡成立の前提条件として事業譲渡契約書に盛り込んでおくことが必要になります。
この前提条件があれば、地主との交渉が不成立に終わった場合、事業譲渡そのものを取りやめにすることができます。
この条件を盛り込んでおかないと、最悪の場合、診療所が使用できないのに対価だけ支払うことになりかねません。
建物の賃借権や法人譲渡をおこなうケースでも、場合によっては、地主からの同意書の取得を譲渡成立の前提条件として契約書に定めておく必要があります。
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▼エムステージの医業承継支援サービスについて
この記事の監修者
田中 宏典 <専門領域:医療経営>
株式会社エムステージマネジメントソリューションズ代表取締役。医療経営士1級。医業承継士。医療機器メーカー、楽天を経て株式会社エムステージ入社。医師紹介事業部の事業部長を経て現職。これまで、病院2件、診療所30件、介護施設2件の事業承継M&Aをサポートしてきた。エムステージグループ内のM&A戦略も推進している。