開業医の平均引退年齢|引退時に抱えがちな問題点と対策
目次
開業医の高齢化が深刻化しています。平均開業年齢は41.3歳、引退予定年齢は73.1歳で、約32年間働きます。多くの開業医が70歳前後で引退を考えますが、リタイア後の生活資金、後継者不在、仕事のやりがい喪失が引退の障害となります。経済的な不安には年金や退職金の不足が影響し、医業承継問題では後継者不足が深刻です。解決策として、資金計画の見直しやM&Aによる第三者承継、柔軟な働き方の検討が有効です。
そこで本記事では、開業医の平均年齢や平均引退年齢を確認し、開業医が引退の際に抱えがちな問題やその対策などについて解説します。
開業医は高齢化が進展している
開業医の平均年齢については、厚生労働省が2年ごとに公表している「医師・歯科医師・薬剤師統計」により知ることができます。
同統計の調査対象分類には、勤務医と区別して、「医療機関経営者」という項目があります。医療法人の理事長なども含まれますが、おおむね開業医と考えてもよいでしょう。
最新の令和4年(2022年)調査のデータによると、「医療機関経営者」の平均年齢は、以下のようになっています。
▼医療機関経営者の平均年齢(2022年)
全体 | 男性 | 女性 | |
病院 | 64.9歳 | 65.4歳 | 58.5歳 |
診療所 | 62.5歳 | 62.9歳 | 59.6歳 |
これは平均なので、30代、40代の医師もいる一方、70代、80代の医師も少なくないことがわかります。また、平均年齢は以下のように年々上昇しています。
▼医療機関経営者(全体)の平均年齢推移
出典:令和4(2022)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況|厚生労働省
開業医の平均引退年齢は?
開業医が何歳で引退しているのかについて、直接調査した公的なデータは存在しません。しかし、ヒントになるものとして、日本医師会総合政策研究機構の「日医総研ワーキングペーパー No.440 日本医師会 医業承継実態調査:医療機関経営者向け調査」に掲載されている「引退予定年齢」のデータがあります。
同調査は、「日本の医業承継に関する現状把握を目的とし、全国の民間医療機関およそ4,000施設(病院、診療所)の現経営者を対象に、アンケート調査を実施した」ものです。ここでも、現経営者とは、おおむね開業医と捉えてよいでしょう。
同資料には「引退予定年齢」というアンケート項目があります。その回答集計によると、現経営者が考える引退予定年齢の平均は73.1歳。5歳ごとの階層別データでみると、「70~75歳」との回答が最多です。
なお、医療機関の種類別のデータも掲載されていますが、ほとんど差はみられません。
- 病院経営者:74.1歳
- 有床診療所経営者:73.1歳
- 無床診療所経営者:73.0歳
出典:日医総研ワーキングペーパー No.440 日本医師会 医業承継実態調査:医療機関経営者向け調査|日本医師会総合政策研究機構
上記はあくまで、現役の開業医が考える「引退予定年齢」であり、実際の平均引退年齢とのずれはあると思われます。しかし、おおむね73~74歳での引退がひとつの目安にはなるでしょう。
勤務医の引退は65歳~70歳が主流
少子高齢化を背景として、令和3年に改正された高齢者雇用安定法により、事業主には、65歳までの雇用確保義務に加えて、70歳までの就業機会の確保が努力義務として求められることとなっています。
医療機関についても同様であり、勤務医は、定年延長や再雇用により65歳まで働く人が多数派になっています。さらに、「シニアフロンティア制度」等、本人が希望すれば、70歳まで延長勤務を可能とする制度を設けている病院も増えています。
2024年からは、医師の働き方改革による時間外勤務時間の上限規制が設けられます。
そのため医師不足の状況が広まっており、勤務医が65歳まで働くことは当たり前となり、70歳まで働く医師も増加すると思われます。また、70歳を超える年齢の医師が勤務するケースも増えるでしょう。
いずれにしろ、現在の勤務医の引退は65歳~70歳が主流です。
病院・クリニックの承継をご検討中の方はプロに無料相談してみませんか?
エムステージグループの医業承継支援サービスについての詳細はこちら▼
開業医として、何年くらい働くのか
少し古いデータですが、日本医師会が2009年に実施した「開業動機と開業医(開設者)の実情に関するアンケート調査」によると、新規開業(承継開業を除く)のクリニックを開業した医師の平均年齢は、41.3歳となっています。(出典:開業動機と開業医(開設者)の実情に関するアンケート調査|日本医師会)
先に、引退予定年齢の平均は73.1歳だと述べました。平均41.3歳で開業し、平均73.1歳で引退するとなると、73.1-41.3=31.8年が、開業医として働く平均的な期間ということになります。約32年、開業医として働くということです。
▼関連記事もチェック!
開業医が引退時に抱えがちな、3つの問題
開業医には定年がないため、働こうと思えば何歳まででも働くことができますが、多くの開業医は73~74歳くらいを引退年齢と考えています。その付近が開業医の平均引退年齢になっていると想定されます。
しかし、中には平均引退年齢では引退をしたくない、あるいは引退したくてもできない事情を抱えているという開業医もいます。
開業医の引退を思いとどまらせる代表的な懸念事項には、経済的な問題(リタイア後の生活資金)、医業承継の問題(後継者不在)、やりがいや充実感の喪失の問題などです。
引退時に抱えがちな問題①:リタイア後の生活資金
まず経済的な問題を考えてみましょう。とくに心配なのが、リタイア後の生活資金(老後資金)の問題です。
人生100年時代といわれるようになって久しいですが、長生きをした場合の生活資金不足は、多くの人が心配するところです。この問題が強く意識されるようになったのは、2019年、金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」の報告書で発表された、いわゆる「老後2000万円問題」以降です。
ここでの2,000万円とは、夫が65歳以上、妻60歳以上の無職夫婦をモデル家計とすると、月の収入(年金を含む)が20万9,000円、一方の支出は26万4,000円なので、毎月約5万5,000円の不足が生じるという前提で計算されたものです。
この前提で老後生活が30年間続くと、不足額が1,980万円に上るとされ、2,000万円を自分で用意しなければならないと話題になりました。ただし、これは当然ながら、いくつもの仮定を前提とした仮説で、誰にでも当てはまる一般的な法則ではありません。
たとえば、毎月の支出額は、各家庭の望む生活レベルによってまったく異なることは明白です。また収入も、本人の加入してきた公的年金が国民年金のみなのか、厚生年金なのかによっても変わります。
開業医の老後資金は、比較的多く必要
まず、生活レベルについて考えてみましょう。開業医の家庭では、比較的高いレベルが求められることが多いでしょう。それは、現役の開業医が得ている年収が高いためです。
厚生労働省が2023年に実施した「第24回医療経済実態調査(医療機関等調査)」によれば、個人経営の一般診療所(入院診療収益無し)の「損益差額」は、約3,141万円となっています。「損益差額」とは、医業収益と介護収益の合計から医業・介護費用を差し引いた残りで、個人事業としての税引き前収入に相当します。
税引き前とはいえ、平均が3,000万円超なので、勤労者全体の平均と比べてかなり高額です。
現役時代に高額の収入を得ていた開業医が、リタイア後に平均的な世帯並みの生活レベルになる可能性は低いと思われます。すると、上述の2,000万円問題の根拠となった金額以上に生活資金が必要になります。
たとえば、月の必要生活費が40万円だとすると、上記の想定支出額である月26万4,000円に、13万6,000円がプラスされます。 すると、30年間の不足額は(5万5,000円+13万6,000円)×12か月×30年=6,876万円になります。(出典:第24回医療経済実態調査(医療機関等調査)|厚生労働省)
開業医の年金や退職金はどうなっている?
勤務医あるいは医療法人経営者であれば、厚生年金に加入していますが、個人事業主の開業医は国民年金になり、受給額に大きな差が出ます。
国民年金だけの場合、最大加入期間である40年間、すべての保険料を納付していたとしても、受給額は月額6万6,250円(2023年)と、“雀の涙”程度です。(ただし実際には、開業医になる前には勤務医時代を経ることがほとんどでしょう。その年月分は、厚生年金加入となります)。
なお、開業医でも医療法人化していれば、厚生年金加入となり年金受給額も多くなります。
また一般の企業勤めの場合、老後の生活資金として退職金が大きな役割を果たします。一方の個人事業の開業医では、退職金というもの自体が存在しません。
引退時に抱えがちな問題②:医業承継・後継者不在
どのような企業でも社会的な責任はありますが、住民の命や健康を守る役割を担っている地域医療機関には、とりわけ大きな社会的な責任があります。
とくに、医療機関の数が少ない地方部では、診療所や病院が閉鎖されると周辺住民の医療アクセスが悪化してしまうこともあります。また、それほどではないにしても、現在通院している患者に対して診療を継続する責任はあります。
そのため、多くの医療経営者にとって、自分がリタイアした後の診療所や病院の継続問題は非常に気になるものです。その点で問題となるが後継者の不在です。 2019年に公表された「日医総研ワーキングペーパーNo.422 医療継承の現状と課題」によれば、診療所の後継者不在率(未定も含む)は、86.1%であり、多くの診療所で、医療継承の予定がなく跡継ぎ問題を抱えている現状がわかります。(出典:日医総研ワーキングペーパーNo.422 医療継承の現状と課題|日本医師会総合政策研究機構)
親族内に医師がいない場合や、医師がいたとしても診療科が異なる場合、もしくは親族が継承を望まない場合など、後継者が不在である場合でも、地域への責任を考えれば、診療所や病院を閉じることは簡単ではありません。
地域への医療提供への責任感から、診療所をやめたくてもやめられない、という状態になっている高齢の院長も存在します。
引退時に抱えがちな問題③:やりがいや充実感の喪失
医師の仕事は人の命や健康を支え、患者からも感謝される、やりがいのある仕事です。また、社会的評価も高く、地域では名士扱いされることもよくあります。
そのため、医師として働くことを自らの生きがいとし、仕事に人生を捧げようと考えている医師も少なくありません。そのような先生は、高齢になってもできる限り診療業務を続けたいと願います。後継者不在とは違った意味で、体が動くうちは働き続けようと思うのです。しかし、高齢になれば誰でも体力は衰えます。
とくに開業医の場合、医師としての診療業務に加えて、経営者としてのマネジメント業務も自分で対応しなければならず、一般的には勤務医よりも身体的にも精神的にもハードな仕事になります。
そのため、医師の仕事を続けて地域住民への貢献を続けたいと思っても、体力に限界を感じてあきらめざるを得ないということになりがちです。
開業医が引退時に抱えがちな問題に対する解決策
引退時に医師が抱えがちな問題は、解決できないものではありません。それぞれの対応策をみていきましょう。
①リタイア後の生活資金の解決策
リタイア後の生活資金の準備については、「必要になると予測される資金」と、「予定される年金受給額」を試算した上で、不足額がある場合、それをどのように補えば良いのかを考えます。
平均的な引退年齢まで10年以上の期間があるのなら、iDeCo(個人型確定拠出年金)や、日本医師会が運営している医師年金など、公的年金に上乗せできる私的年金に加入したり、民間の年金保険商品を購入したりして備えることも有効です。
必要な老後資金には、毎月の経常的な支出以外に家の修繕費、介護施設への入居費など、まとまった金額となるものもあります。
現役時代に考えている以上に資金が必要となることもあるので、開業医の生活実態に詳しいFP(ファイナンシャル・プランナー)などに、一度相談してみるとよいでしょう。
もし、平均的な引退年齢時点で必要と推測される老後資金の準備が不足するなら、そのまま開業医を続けるという方法もあります。
また、M&Aにより自院を譲渡することで、数千万円以上のまとまった譲渡対価が得られる場合もあります。そのような見通しが立つのであれば、自院を譲渡して退職し、退職金代わりとなる譲渡対価を得て老後資金にプラスするという考え方もできます。 M&Aにより、退職金代わりなるような対価が得られるかどうかは、M&A仲介会社に相談すれば調べてもらえます。その見通しが立ちそうならM&Aを検討しても良いでしょう。
②医業承継・後継者不在への解決策
地域住民のために診療所、病院を残したいけれども後継者がいないのであれば、M&Aを利用した第三者承継が有力な選択肢になります。
第三者承継にもさまざまな形があり、買い手候補となるのは、大手医療法人グループ、近隣の医療法人、個人医師などです。また、最近では、医療周辺事業を営む企業が買い手となるケースも増えています。
いずれにしても、M&Aをしなければ廃業を選ばざるをえない診療所、病院が、M&Aにより承継されて残されれば、地域住民の医療アクセスが残されることになります。 医療機関を地域に残すことは、医療機関経営者としての最後の重要な仕事になり、それを首尾良く達成できれば、安心してリタイア生活に入ることできるでしょう。
③やりがいや充実感の喪失への解決策
やりがいのある医師の仕事を続けたい気持ちはあるけれども、開業医としてフルタイムで働くことに体力的な限界を感じる場合は、働き方を変えるという選択肢もあります。
すでに述べたように、高年齢者雇用安定法改正や働き方改革などがあり、高齢でも勤務医としての働き口を探すことは、以前より容易になっています。
しかし、今まで長く開業医をしてきた経営者が他の病院で一から働くとなると、心理的なハードルを感じる方もいるでしょう。
そのような場合は、M&Aによって診療所や病院を譲渡して、その経営は他の人に委ねつつ、自分はそのまま医師としてそこで勤務するという方法を検討されてはいかがでしょうか。他院に勤めるのと違って、勝手を知った自院で働き続けることができ、体力に応じて週に1~2日だけ診療するなど、働き方も柔軟に決められます。
M&Aの買い手側も、承継後にすべての診療業務をバトンタッチされるより、元院長に当面在籍してもらい、部分的であっても診療を続けてもらうほうが助かると感じるケースも多いものです。また、通院中の患者にとっても、担当医が替わらないことはメリットになるでしょう。
このような希望があるのなら、M&Aの交渉過程において条件として提示すれば問題ありません。
▼関連記事もチェック!
クリニックのM&A譲渡後に、勤務医となった事例
北海道で皮膚科クリニックを経営していた江川先生(仮名)は、経営者としてのマネジメント業務への負担感から、クリニックを売却し、勤務医へと転身することを希望されていました。しかし、クリニックをM&Aで売却した後も、そのまま勤務医として残る方法があるということを私たちからお伝えしたところ、その方法を希望され、M&Aの条件としました。
一方、買い手となった医療法人も、新しい医師を招聘する手間や時間を考えると、江川先生にそのまま勤務していただくほうがありがたいとして、その条件を受け入れ、無事にM&Aが成約しました。
おわりに:引退を想定した準備は早めの実施を
開業医の平均的な引退年齢が73~74歳であるとしても、自分が望めばそれより長く働くこともできます。しかし、いざその年齢になった時、引退したくてもできないということになると、やはり辛くなります。
そうならないためには、平均的な引退年齢で引退すると想定して、早めに経済的な準備や承継の心づもりをしておく必要があります。
十分な準備をした上で、引退年齢間際に「まだまだ元気だから、もっと働こう」と思うのであれば、そうすれば良いのです。
引退準備や、その後の事業承継などについてご心配のある先生は、多くの開業医の引退や事業承継をサポートしてきた実績のある、株式会社エムステージマネジメントソリューションズにご相談ください。
この記事の監修者
田中 宏典 <専門領域:医療経営>
株式会社エムステージマネジメントソリューションズ代表取締役。医療経営士1級。医業承継士。医療機器メーカー、楽天を経て株式会社エムステージ入社。医師紹介事業部の事業部長を経て現職。これまで、病院2件、診療所30件、介護施設2件の事業承継M&Aをサポートしてきた。エムステージグループ内のM&A戦略も推進している。