正常収益力とは?利益との違いや計算方法について解説


目次
病院・クリニック経営をしていると、新型コロナウイルスのような感染症や、災害などの一時的な要因によって収益が変動することが少なくありません。
そのような変動要因による収益の差を除いた評価を「正常収益力」と呼びます。医業承継時には持続可能性を正しく評価することが必要なため、正常収益力にも着目することが大切です。
本記事では、病院・クリニックの正常収益力の評価方法や収益力を向上させるコツについて解説しますので、ぜひ医業承継時の参考にしてください。
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正常収益力とは?
正常収益力とは、新型コロナウイルスのような特殊な情勢や、一時的なニーズによる影響を業績から除外し、病院・クリニックが通常の活動を通じて安定的に生み出せる収益を算出したものです。収益の基盤を示すものであり、M&Aの際に売り手側の長期的な成長性を判断する要素となります。
また、クリニックや診療所の経営者自身にとっても、自社の正常収益力を把握しておくことは、適正な価値を評価し、財務リスクを認識できるメリットがあります。
ただし、正常収益力は損益計算書などの単一の書類で簡単に確認できるものではなく、算出には評価項目や計算方法についての十分な知識が必要です。
正常収益力と利益の違い
正常収益力と利益は、どちらも病院・クリニックの現状を評価する上で重要な指標ですが、その性質と目的には明確な違いがあります。
まず利益とは、特定の期間において収入から支出を差し引いた純粋な利益のことです。
すべての収入・支出項目を計算に含むため、年度によっては再現性の低い金額が算出されることもありますが、収益が好調な際には優れたアピールポイントとなります。
また、利益は税務上必須の情報であるため、計算を避けることはできません。
一方で正常収益力は、事業における一時的な損益変動要因を除外し、長期的な視点で収益性を評価するための指標です。利益が全収入から全支出を一括で差し引いて算出されるのに対し、正常収益力の計算では、収入項目ごと、支出項目ごとに個別の調整が必要です。
正常収益力の算出に法律上の義務はありませんが、これを正確に評価し公表することは、医業承継の際に長期的な伸びしろをアピールする上で大いに役立ちます。
正常収益力と利益の違いについては、下記も参考にしてください。
項目 | 正常収益力 | 利益 |
定義 | 事業における一時的な損益変動要因を除外し、長期的な視点で収益性を評価する指標 | 特定の期間において収入から支出を差し引いた純粋な利益 |
再現性 | 長期的な収益性を示すため、安定した数値になりやすい | 年度によって変動が大きく、一時的な要因で増減する可能性がある |
活用目的 | M&Aや事業承継、経営の持続可能性を判断する指標 | 税務申告や財務状況の報告に必要な数値 |
法的義務 | 算出の義務はないが、事業評価には有用 | 税務上必須の情報であり、計算を避けることはできない |
評価のメリット | 一時的な要因を除外することで、クリニックの実質的な収益力を判断できる | 直近の財務状況を把握し、決算や税務対策に役立つ |
主な利用シーン | クリニックのM&A、事業承継、融資申請など | 税務申告、財務報告、短期的な業績評価 |
医業承継(医院継承)における正常収益力の重要性
正常収益力は、通常は直近3年間の損益計算書を基に、外部環境や一時的な出来事による収益の変動を調整し、非経常的な要素を除外して算出します。
たとえば、新型コロナウイルスの影響で一時的に設備投資が必要になったり利益が減少することは、一時的な出来事です。
本来毎年1,000万円近くの利益を生んでいる法人が、特定の年だけ300万円の利益しか出なかった場合、それが突発的な要因によるものなのか、継続的に発生する可能性があるのかを慎重に確認することが重要です。
さらに、役員報酬は個々の役員の裁量で変動しやすいため、利益を正しく評価するためには、役員報酬の影響を除外する必要があります。同様に、役員が個人的に使用している経費や営業活動に不要な経費も分析から除きます。
医業承継においては、利益の増減を確認する際、正常収益力を見ることでその利益が一時的なものなのか、長期的に発生しているものなのかを判断できます。
正常収益力が使用される場面
正常収益力は経営戦略や財務管理、市場における競争力などを測る重要な評価基準です。
以下で詳しく見ていきましょう。
企業価値評価
企業価値評価は、公開されている財務情報をもとに、当該企業の経済的価値を算定する作業です。
評価方法は主に以下の3種類に大別されます。
アプローチ | 概要 | メリット | デメリット |
コストアプローチ | 企業が保有する資産や負債の価値をもとに、特定時点の純資産額を基準に算定する手法。再調達原価や簿価を考慮し、企業の清算価値や最低限の価値を評価する。 | ・財務諸表を基に客観的な評価が可能。 ・企業の清算価値(売却時の最低価値)を明確に把握できる。 ・収益が不安定な企業やスタートアップ企業にも適用しやすい。 | ・企業の収益性や成長性を考慮しないため、将来的な価値を適切に反映できない。 ・資産が少ない企業や無形資産(ブランド・ノウハウ等)が価値の大部分を占める企業には適用が難しい |
マーケットアプローチ | 類似する企業や資産の市場価格を基準にして価値を評価する手法。M&Aや株式市場での取引事例をもとに企業価値を算定する。 | ・実際の市場取引価格を基準にするため、実態に近い評価額を試算できる ・市場動向を反映し、現在の取引相場を踏まえた評価が可能 ・比較対象の企業が多い場合、業界の標準的な価値を把握しやすい | ・適切な比較対象となる類似企業が存在しない場合、評価が難しい ・市場の変動に影響を受けやすく、短期的な市場要因によって企業価値が過大・過小評価される可能性がある |
インカムアプローチ | 企業が将来にわたって生み出すキャッシュフローや収益を基に、その現在価値を算出する手法。DCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法などが代表的。 | ・将来の収益性や成長性を考慮できるため、長期的な価値評価に適している ・投資家視点において重要な指標となり、企業の真の価値を把握しやすい ・業界や経営状況に関わらず適用できる | ・将来のキャッシュフロー予測に基づくため、主観的な判断が入りやすく、評価にばらつきが生じる ・市場環境の変動や経済状況に影響を受けるため、適切な割引率の設定が求められる |
正常収益力はインカムアプローチに最も近い指標です。
医院継承において、正常収益力は企業の真の価値を測る重要な基礎情報といえるでしょう。
収益の持続可能性や競争力の評価
収益の持続可能性を把握するには、収益の変化やコスト構造、リスク分析における外的要因など、さまざまな項目を評価する必要があります。正常収益力の計算は、これらの要素を洗い出す過程で大いに役立ちます。
収益の変化は臨時損益を算出する過程で明確化され、コスト構造は各種償却費を算出する際に具体的に把握できます。
リスク要因の特定についても、事前に正常収益力を算出していれば、突発的な損失が発生した出来事を数件ピックアップするだけで、外的要因をある程度特定することが可能です。
また、正常収益力が高く、安定的かつ長期的に利益を生み出せる病院・クリニックは、業務効率が高いだけでなく、立地条件や集客力に優れている場合が多いです。
これらの分析を通じて、収益の持続可能性が優れていると判断できれば、その後に予期せぬ事態で業績が悪化したとしても、根本的な事業構造に変化がない限り、大きく懸念する必要はないといえるでしょう。
正常収益力の計算方法
正常収益力の計算はEBITDAと呼ばれる財務指標を用いて行われ、資本構成や会計方法の影響、一時的な損益要因を除外することで純粋な事業収益を求めていきます。
以下で詳しく見ていきましょう。
通常のEBITDAを算出
EBITDAとは「Earnings Before Interest・Taxes・Depreciation and Amortization」の略で、日本語では大まかに「利払い前、税引き前、減価償却前の純利益」という意味になります。
EBITDAの計算式は以下の通りです。
EBITDA = 営業利益 + 減価償却費 + 無形固定資産償却費
減価償却費は、固定資産の取得費を使用年数に応じて分割した費用です。通常は建物や作業車などの有形固定資産に適用されます。
EBITDAを計算する際には、法律上の権利など無形固定資産についても、取得費が10万円以上のものは減価償却を行い、その結果を反映させましょう。
これにより、資本構成や会計方法の違いによる影響を排除し、病院・クリニックの純粋な事業収益力を評価することが可能となります。
また、EBITDAは設備投資を考慮しない指標であるため、異業種間でも数値を容易に比較でき、投資家にとって非常に有益かつ手軽な情報と言えます。
ただし、設備投資が重要な業種においては、EBITDAだけで判断するのは適切ではありません。その場合、ROI(投資収益率)などの他の財務指標も併せて分析することが求められます。
一時的・異常要因の調整
正常収益力を正確に把握するには、EBITDAの計算に加え、臨時取引や想定外の状況による損益を純利益から除外する必要があります。
調整すべき項目の例として、利益ではイベント収益や不動産売却益、損失では災害による損失や訴訟関連費用が挙げられます。
さらに、法規制の変更による税負担の増減や、臨時の人員整理で浮いた人件費なども異常要因に含まれる場合があります。
これらの例はさまざまに考えられますが、調整対象を何にするかは、最終的には経営者の裁量に委ねられます。しかし、恣意的な調整では正確な収益力を反映できません。そのため、調整項目の選定にあたっては、一貫した基準を設けることが重要です。
調整後EBITDAの計算
最初に純利益として算出したEBITDAに、一時的な要因による損益を加減算すれば、調整後のEBITDA(=正常収益力)を求めることができます。
実際の計算においては、特別損失として計上された災害損失を加算したり、非経常的な土地売却益を減算したりするなど、調整項目は多くあります。
調整後のEBITDAの求め方は、以下の通りです。
調整後EBITDA = 売上高 − (人件費 + 診療材料費 + 施設費用 + その他営業費用) |
病院やクリニックの調整後EBITDAを計算する際の例として、以下のように計算できます。
・売上高:1億円 ・人件費:4,000万円 ・診療材料費:1,000万円 ・賃料・施設費用:1,500万円 ・その他営業費用:500万円 ・減価償却費:300万円利息:100万円 ・法人税:200万円 調整前の営業利益:1億円 − (4,000万円 + 1,000万円 + 1,500万円 + 500万円) = 3,000万円 EBITDA:3,000万円 + 減価償却費300万円 = 3,300万円 |
ただし、場合によって調整方法が異なることもあるため、医業承継の際は必要に応じて再調整を行うことが重要です。
正常収益力を高める方法
正常収益力を算出した結果、思うような数字が出なかった場合は、以下の4つのポイントに着目しながら経営戦略の改善を試みてください。
収益性の向上
正常収益力を高めるためには、まず事業そのものの収益性を改善することが重要です。
顧客を増やすことに加え、長期的な客単価、いわゆる顧客生涯価値の向上も収益性を高めるための有効な方策です。マーケティング戦略を見直し、ホームページやSNSを活用して施設の強みや特徴を積極的に発信することで、新規患者層の獲得にもつなげることができます。
地域住民を対象とした健康セミナーや無料相談会などの開催も、新たな信頼関係の構築につながり収益性も向上するでしょう。
製品やサービスの付加価値向上
正常収益力を高めるためには、マーケティングやコスト管理に加え、医療サービスそのもののクオリティ向上が欠かせません。
まず前提として、診療提供後は患者からのフィードバックを積極的に収集し、顕在化したニーズや不満点を診療内容やサービス改善に反映させることが重要です。
患者の声に耳を傾け、「かゆい所に手が届く医療」を提供することが、付加価値向上の第一歩となります。
例えば、待ち時間の短縮や診療時間の柔軟な設定、オンライン診療の導入など、日常的な不満点の解消を進めることで、患者満足度は飛躍的に高まります。
診療メニューの最適化と新サービスの導入
診療メニューを見直し、患者のニーズに合ったサービスを提供することで、単価向上や新規患者の獲得につなげることができます。たとえば、一般診療に加え、美容医療や自由診療(予防接種・健康診断・AGA治療など)を取り入れると、保険診療だけでは得られない収益を生み出せます。
院内DX(デジタルトランスフォーメーション)による業務効率化
電子カルテやオンライン予約システムの導入により、受付業務やカルテ管理を効率化することで、人件費の削減やスタッフの負担軽減につながります。また、患者がスマートフォンで診療予約・問診を行える仕組みを導入することで、待ち時間の短縮や診療のスムーズな進行が可能になります。さらに、AI診断支援ツールやリモート診療システムにより、診療精度の向上と業務負担の軽減が期待できます。
スタッフの教育・マネジメント強化
クリニックの正常収益力を向上させるには、スタッフのスキル向上とモチベーション管理が欠かせません。定期的な研修を実施し、受付スタッフの接遇スキル向上や診療アシストの精度向上を図ることで、患者満足度の向上につながります。また、インセンティブ制度を導入することで、スタッフの生産性向上や離職率の低下が期待できます。
診療時間・診療日数の最適化
診療時間の拡大や土日診療の導入により、患者が来院しやすい環境を整えることが収益向上につながります。「平日夜間診療」や「休日診療」を導入すると、新たな患者層を取り込むことができます。ただし、スタッフの負担増を防ぐために、シフト制の導入や診療時間の分散化などの工夫が必要です。
地域連携の強化と他医療機関とのネットワーク構築
地域の病院や他の診療所と連携し、紹介患者の増加を図ることで安定した収益を確保できます。たとえば、診療科目が異なるクリニックとの連携を強化し、相互に患者を紹介することで、診療範囲の拡大が可能です。
継続的な患者フォローアップ体制の構築
一度来院した患者との関係を維持し、再来院につなげる仕組みを構築することで、収益の安定化が図れます。たとえば、LINEやメールを活用したフォローアップメッセージ(定期健診の案内・健康アドバイスの提供など)を送ると、患者の定着率向上につながります。また、診療後のフォローコールを実施し、患者満足度を向上させることで口コミや紹介患者の増加も期待できます。
正常収益力を評価する際の注意点
クリニックのM&Aにおいて「正常収益力」を評価する際の注意点は、クリニックが持続的かつ安定的に生み出せる利益を正確に把握することです。以下のポイントをチェックすることで、正常な収益力の算出精度が向上します。
- 一時的・非継続的な収益に関する要素
- 経費や人件費
- 全体の収益構造
一時的・非継続的な収益に関する要素
正常収益力を評価する際には、クリニック・病院特有の一時的な収益や費用があれば、除外することが重要です。
具体的には、新型感染症対策の助成金、不動産売却益などの一回限りの収益、また臨時修繕費やシステム導入費用などの一時的費用が該当します。これらは日常的な収益活動から発生するものではないため、将来の収益力に影響を与えないと考え、調整します。
経費や人件費
クリニック・病院経営では、特にオーナー関連の経費と人件費が収益性に大きく影響します。特に、個人経営のクリニックでは、オーナー医師の過剰な役員報酬や個人的な経費(車両費、家賃、家族の給与など)が計上される場合があります。これらを市場水準に合わせて調整することで、適正な経費構造に戻すことができます。
また、人件費に関しては、過剰なスタッフ配置や市場相場を上回る給与水準がないかを確認し、適正な人件費に基づいて収益力を再評価することが大切です。
全体の収益構造
全体の収益構造は、持続可能であることが大前提です。診療科目や患者数の安定性を確認し、季節ごとのばらつきは平準化して評価します。さらに、施設・医療機器の老朽化や高額な更新費用のリスクも考慮することが大切です。
また、地域特性や診療報酬制度、競合環境なども正常収益力に影響するため、これらの要素を踏まえた包括的な評価が求められます。
内部リンク:開業医が失敗する理由と経営に必要な視点
正常収益力を活用した経営判断を行おう
クリニックや病院の売却を検討する際、事業価値を適正に評価するためには「正常収益力」の把握が欠かせません。M&Aでは、資産や簿価のみで売買が成立するケースもありますが、多くの場合、事業の継続性を測る指標として正常収益力が用いられます。
買い手が将来的な収益性を判断するための基準とするだけでなく、金融機関がM&A資金の融資を審査する際の事業計画でも使用します。
しかし、その判断方法はケースバイケースであり、当事者だけで正確に評価するのは困難です。特に、役員報酬や一時的な補助金、臨時的な経費などを適切に調整し、実態に即した収益力を算出するには専門的な財務分析が求められます。
M&Aの成功には、第三者的・客観的な視点を持つ専門家の関与が必須と言っても過言ではありません。正常収益力の評価や事業価値の算定についてお悩みの方は、ぜひ弊社にご相談ください。専門的な知見をもとに、クリニックの円滑なM&Aをサポートいたします。
内部リンク:現代の病院経営者に必要な視点と実践すべきこと
この記事の監修者

田中 宏典 <専門領域:医療経営>
株式会社エムステージマネジメントソリューションズ代表取締役。医療経営士1級。医業承継士。医療機器メーカー、楽天を経て株式会社エムステージ入社。医師紹介事業部の事業部長を経て現職。これまで、病院2件、診療所30件、介護施設2件の事業承継M&Aをサポートしてきた。エムステージグループ内のM&A戦略も推進している。プレジデント社より著書『”STORY”で学ぶ、М&A「医業承継」』を上梓。