のれんの償却期間は?会計基準による決め方と税務上の違いも解説


目次
M&Aで企業やクリニックなどを譲り受けた際に「のれん」の償却期間をどのように設定すべきか、多くの経営者が悩まれます。
会計上は20年以内の期間を自由に設定できる一方で、税務上は5年に定められているなど、複雑なルールがあるためです。
本記事では会計上と税務上それぞれの「のれん」の違いから、のれんの償却期間の決め方について、具体例を交えながらわかりやすく解説します。
病院・クリニックの承継をご検討中の方はプロに無料相談してみませんか?
エムステージグループの医業承継支援サービスについての詳細はこちら▼
会計基準における「のれん」とは
のれんとは、M&Aで企業やクリニックを取得する際に支払う金額と、その企業が持つ純資産(資産から負債を引いた額)との差額を指します。
たとえば、純資産が1億円のクリニックを2億円で買収した場合、その差額の1億円が「のれん」として計上されます。
この差額が生まれる理由は、その企業が持つブランド力や顧客基盤、技術力といった目に見えない価値が含まれているためです。
医療機関の場合も、地域での信頼関係や患者との関係性、数年で見込まれる営業利益も「のれん」として評価されます。
会計上「のれん」の扱いは無形固定資産となり、一定期間をかけて償却(費用化)していく必要があります。税務上では「のれん」の取り扱いが異なるため、注意が必要です。
税務上における「のれん」の取り扱いに関しては、「税務上の「のれん」の償却期間は5年」の項目で解説します。
のれん償却の必要性
のれん償却とは、M&Aで発生したのれんの金額を一定期間にわたって費用化する会計処理のことです。
この処理が必要な理由は、取得した無形の価値(のれん)は時間とともに減少していくと考えられるためです。
たとえば、クリニックの場合、引き継いだ患者や地域での評判といった価値は、永続的に同じ状態が続くわけではなく増減します。
新規開業の競合が増えたり、スタッフの入れ替わったりすることで、徐々に価値が低下していく可能性もあるでしょう。
このような価値の減少を適切に会計に反映させて、財務状態をより正確に把握するためにも、のれん償却が必要です。
また、のれんの償却を行うことで、将来の急激な損失計上(減損)のリスクの軽減もできます。
のれんの算出方法
のれんの算出方法は、基本的に以下の計算式で求められます。
のれん=買収価額 – 純資産額 |
たとえば医療機関のM&Aの場合でも、下記のような計算で「のれん」の金額がわかります。
買収価額:2億円(クリニックの買収価格)純資産額:1.2億円(医療機器、建物、現金など資産から負債を引いた額)のれん:0.8億円(2億円 – 1.2億円) |
この0.8億円の「のれん」には、下記のような見えない価値が含まれます。
- 既存の患者基盤
- 地域での評判や信頼
- スタッフの技術力
- 立地の利便性
- 将来の収益性
関連記事:クリニックのM&Aにおける「のれん」とは?営業権との違い・算出方法
「負ののれん」も存在する
「負ののれん」とは、M&Aにおいて買収価格が純資産額を下回る場合に発生する差額のことです。
たとえば、純資産が2億円のクリニックを1.5億円で譲り受けた場合、その差額5,000万円が「負ののれん」となります。
このような状況が発生する原因として、主に以下のような理由が挙げられます。
- 経営不振や設備の老朽化
- 緊急で医院継承が必要だった場合
- 将来の追加投資や人件費増加が見込まれる場合
医院継承(M&A)では、高齢化による後継者不在や経営悪化などで、負ののれんが発生するケースも見られます。
のれんは日本会計基準と国際会計基準(IFRS)で扱いが異なる
会計上の「のれん」の扱いは、日本会計基準とIFRS(国際会計基準)で大きく異なります。
日本会計基準においては、のれんは20年以内の期間での定額償却が義務付けられています。
一方で、国際会計基準(IFRS)では定期的な償却は行わず、代わりに業績が著しく悪化した場合に「減損処理」を実施する方法です。
日本会計基準 | 国際会計基準(IFRS) |
のれんを20年以内の期間で償却する | のれん償却はできない |
株式会社東京証券取引所の資料によると、2024年6月末時点での日本の上場企業3,830社のうち、国際会計基準(IFRS)を適用している、もしくは適用予定の企業は284社(約7.4%)と、ほとんどが日本会計基準を採用していることがわかります。
データ出典:株式会社東京証券取引所|「会計基準の選択に関する基本的な考え方」の開示内容の分析
日本会計基準の「のれん」の償却期間の決め方
日本の会計基準では、のれんの償却期間について明確な規定が設けられています。
のれんは、資産に計上し、20 年以内のその効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却する。 |
この規定の中で、企業やクリニックは20年を超えない範囲で、自社の状況に応じた償却期間が設定可能です。
一般的には、償却期間を決める際に「買収時の投資を回収できる期間」を目安にします。
たとえば年間の医業利益が2,000万のクリニックを1億円で買収した場合、1億円 ÷ 2,000万円=5年を目安に「のれんの償却期間」を決めます。
会計基準での「のれん」の償却処理
のれんの償却には、主に以下の3つの会計処理があります。
- M&A取引時の仕訳
- 定期的な償却処理
- 業績悪化時の減損処理
ここでは、これらの会計処理について実際の仕訳例を用いながら、わかりやすく説明していきます。
のれんの仕訳
のれんの仕訳を行うタイミングは「M&Aの取引が成立したとき(のれんが発生したタイミング)」と毎年の償却の2つです。
たとえばM&Aの取引で2,000万円の「のれん」があった場合には、初年度に下記の仕訳を行います。
借方 | 貸方 | ||
のれん | 20,000,000 | 当座預金 | 20,000,000 |
たとえば2,000万円の「のれん」を5年で償却する場合には、翌年度以降に下記の仕訳を毎年行います。
5年の償却額:2,000万円 ÷ 5年=400万円
借方 | 貸方 | ||
のれん償却 | 4,000,000 | のれん | 4,000,000 |
一方で「負ののれん」があった場合には、一括で処理を行います。
たとえば純資産が1億円で取引価格が8,000万円だった場合の「負ののれん」は2,000万円となり、下記のような仕訳を行います。
借方 | 貸方 | ||
建物 | 100,000,000 | 当座預金 | 80,000,000 |
負ののれん | 20,000,000 |
のれんの減損処理
のれんの減損処理とは、M&Aで譲り受けたクリニックの価値が当初の想定を下回った場合に、その差額を損失として計上する会計処理です。
たとえば、年間2,000万円の利益が見込めるとして1億円で買収したクリニックが、その後なんらかの理由で年間1,000万円程度しか利益を上げられなくなった場合には、当初想定していたのれんの価値との差額を損失として計上します。
医院継承(M&A)においても、下記のような背景から当初の想定よりも業績が悪化することもあります。
- 譲り受けた当初よりも患者数が大幅に減少した
- 同エリアに新たな競合クリニックが参入して収益が低下した
- 医師の退職などで患者を受け入れられる体制ができなくなった
上記のような状況が発生し、当初設定していたのれんの価値を回収できないほど業績が悪化した場合には「のれんの減損処理」を行って回収可能な金額に引き下げます。
のれんの減損処理では、下記のような仕訳を行います。
借方 | 貸方 | ||
減損損失 | 4,000,000 | のれん | 4,000,000 |
のれん償却のメリット
のれん償却を計画的に行うと、大きく3つのメリットがあります。
- のれんの実態を見通せる
- 大幅な赤字計上を避けられる
- のれん減損の影響を抑えられる
のれんの実態を見通せる
のれん償却をすることで、経営者は医院継承(M&A)で譲り受けたクリニックの、実際の価値が把握しやすくなります。
たとえば、年間利益1,000万円のクリニックを5,000万円で譲り受け、そのうち3,000万円がのれんだった場合、これを5年で償却すると年間600万円の償却費が発生します。
この償却費と実際の利益を比較することで、M&Aにおける当初の投資判断が適切だったかどうかを検証可能です。
たとえば、年間600万円の「のれん償却」に対して利益が多い場合と少ない場合では、下記のような判断が可能です。
年間利益が1,200万円に増加していれば、のれん償却後でも600万円の利益が残り、投資は順調に回収できている。 年間利益が500万円に減少していれば、のれん償却後は100万円の赤字となり、投資の再検討が必要。 |
医療機関においても、患者離れが発生したり競合クリニックが参入したりと「想定していた以上のアクシデント」が起こる可能性もあります。
定期的にのれん償却を行うことで、経営者は投資の成果を客観的に評価できて、必要に応じて早めに対策ができます。
大幅な赤字計上を避けられる
のれんを毎年定額で償却できれば、大幅な赤字計上を避けられます。
たとえば、M&Aの取引が5,000万円で、2,000万円がのれんだった場合を考えてみましょう。
これを5年間で償却すると、毎年400万円ずつの費用計上です。
この方法であれば、経営者は計画的に収支を管理できて、財務状況も安定させやすいでしょう。
一方で、定期的な償却を行えない場合、業績が悪化したときに一度に多額の損失を計上しなければならないリスクがあります。
たとえば、競合の出現や診療報酬の改定により収益が低下した際に、2,000万円の「のれん」を一括で減損処理しなければならない可能性があります。
突発的な大きな損失は、経営の安定性を大きく損なうかもしれません。
また、このような財務状況では、金融機関などから融資を受けようと思っても難しくなるでしょう。
日本の会計基準で認められている定期的なのれん償却であれば、こうしたリスクも軽減できます。
のれん減損の影響を抑えられる
のれんの定期的な償却を行うことで、将来的な減損リスクとその影響を最小限に抑えられます。
減損処理は、譲り受けたクリニックの価値が大きく低下した際に必要となる会計処理です。
しかし、毎年計画的に償却を行っていれば、その時点でののれんの残高がすでに減少しているため、仮に減損が必要になった場合でも、その金額は比較的小さく抑えられます。
のれん償却のデメリット
のれんの償却には経営の安定性や透明性を高めるメリットがある一方で、経営者が悩まされるポイントでもあります。
特に経営上で負担になる可能性があったり、適切な償却期間の設定に悩まされることも多いです。
ここでは「のれん償却」のデメリットを、それぞれ詳しく解説します。
償却によって利益を圧迫する
のれんの償却費は、会計上の利益を直接的に減少させる要因となります。
たとえばクリニックの経営では医療機器や施設の維持管理、人件費など、さまざまな支出が必要です。
そのような状況下で、毎年一定額の「のれん償却費」が発生することは、経営上の大きな負担となる可能性もあります。
特に医療業界の場合、診療報酬改定による収入の変動や人件費の上昇など、外部要因によって収益に影響を受けることも多い業界です。
のれん償却費が発生することで、クリニックの投資余力や運転資金に影響を与えるかもしれません。
のれん償却は会計上の処理ではあるものの、実際の経営に大きな影響を及ぼす要因となり得ます。
償却期間の設定が難しい
のれんの償却期間の設定は判断が難しく、M&Aで譲り受けた経営者が悩まされる大きな要因の一つです。
日本の会計基準では20年以内という上限は定められているものの、具体的な期間の決定は経営者に委ねられています。
償却期間の設定は、クリニックの将来性や収益力、地域性など、多くの要素を考慮しなければなりません。
たとえば、都市部の人口増加地域と過疎化が進む地方では、投資分を回収できる期間が異なってきます。
また、内科や小児科といった一般的な診療科と、特殊な専門性を持つ診療科では、将来の収益予測の確実性も変わってくるでしょう。
このように、M&A取引によって生じる手続きや業務は、専門的な知識が数多く必要です。
そのため、M&Aを検討する際にはマッチングだけでなく、取引が終わったあとのサポートも充実しているM&A仲介業者を選ぶことをおすすめします。
「エムステージコミュニケーションズ」は医院承継(M&A)を専門とし、売り手と買い手の最適なマッチングはもちろんのこと、承継開業後の経営支援サポートも行っています。
クリニックのM&Aを検討されているのであれば、お気軽にご相談ください。
税務上の「のれん」の償却期間は5年
これまでは、M&A取引後の経営状況の指針となる会計上の「のれん」について解説してきました。
ここでは実際の税負担に関係する「税務上ののれん」の取り扱いについて解説します。
まず、そもそも税務上でのれん償却をできるのは「非適格再編及び事業譲渡」の場合に限る点に注意してください。
個人のクリニックや医療法人が運営している事業(クリニックなど)を譲り受けた場合には、税務上の「のれん償却」が可能です。
一方で医療法人そのもののM&Aの場合、税務上のれん償却が可能になるのは「非適格合併」に限ります。
税務上で「のれん」を処理する際には「資産調整勘定」と呼びます。
会計上と税務上で「のれん(資金調達勘定)」の取り扱いが大きく異なる点は「償却期間」です。
会計上:20年以内で自由に期間を定められる税務上:一律5年での償却 |
税務上の場合は「一律5年での償却」となっており、期間を伸ばせないのはもちろんのこと、短くすることもできません。
このことから、たとえば会計上で8年の償却期間を設定していた場合、税負担は5年間の償却として処理されるので、実際の利益などに差が生じてしまいます。
そのため、会計上と税務上の「のれん」の償却期間が異なる場合には、差異を無くすために「税効果会計」と呼ばれる調整も必要になります。
これらの業務は非常に複雑なため、税理士や公認会計士などの専門家に任せたほうが安心です。
のれん償却に関するよくある質問
のれんの償却に関することで、よく寄せられる下記3つの質問についてお答えします。
- のれんの鑑定科目は?
- 負ののれんの償却期間は?
- のれんの償却期間は変更できますか?
のれんの鑑定科目は?
会計上「のれん」を処理する場合の勘定科目は、一般的にそのまま「のれん」として使用します。
負ののれんの償却期間は?
会計上としての処理の場合、発生時に「負ののれん発生益」として一括で利益計上し、段階的な償却は行いません。
一方で税務上の処理の場合「差額負債調整勘定」という名称になり、5年間の固定で均等償却を行います。
のれんの償却期間は変更できますか?
のれんの償却期間は、会計上においても税務上においても変更はできません。
会計上は、20年以内に設定した期間で償却する必要があり、税務上は5年の固定で償却します。
M&Aのあとは最適なのれんの償却期間の設定が重要
のれんの償却期間の設定は、M&Aのあとの経営に大きな影響を与える要素です。
会計上と税務上で異なる処理が必要となり、さらに一度決めた償却期間は変更ができません。
特に医療機関の場合、診療報酬の改定や地域人口の変化、患者数の減少など、さまざまな要因が経営に影響を与えるため、これらの将来的な変化も考えた上で、適切な償却期間を決める必要があります。
このような会計上、税務上の複雑な手続きを正しく行うためには、専門家のサポートが欠かせません。
そのため、M&A仲介会社を選ぶ際は、M&Aの取引が終わった後のサポート体制も大切な判断材料です。
「エムステージマネジメントソリューションズ」では、医療分野に特化した経験豊富な専門家チームが、M&A後の会計処理や税務申告についても丁寧なサポートが可能です。
のれんの償却期間の決定から実際の処理まで、医療業界ならではの特性を踏まえた上で適切なアドバイスをさせていただきます。
クリニックの経営に関してお悩みがあれば、ぜひ一度私たちにご相談ください。
▶クリニックのM&Aに関する無料相談
この記事の監修者

田中 宏典 <専門領域:医療経営>
株式会社エムステージマネジメントソリューションズ代表取締役。医療経営士1級。医業承継士。医療機器メーカー、楽天を経て株式会社エムステージ入社。医師紹介事業部の事業部長を経て現職。これまで、病院2件、診療所30件、介護施設2件の事業承継M&Aをサポートしてきた。エムステージグループ内のM&A戦略も推進している。プレジデント社より著書『”STORY”で学ぶ、М&A「医業承継」』を上梓。