遺産相続で揉めない遺言書の書き方ガイド|クリニック経営者が注意すべき点も解説
目次
クリニック(医院)を経営する先生にとって、いつかは向き合うことになるのが「遺産相続」です。特にクリニックの財産は、土地や建物、高価な医療機器などが複雑に組み合わさっています。何の準備もせずにその時を迎えてしまうと、親族間でのトラブル(争続)を招くだけでなく、これまで大切に守ってきたクリニックそのものが立ちゆかなくなるリスクもあります。
そこで本記事ではスムーズな遺産相続を実現するために、遺言書の書き方やクリニック経営者が注意すべきポイントを詳しく解説します。
遺産相続において遺言書が重要な理由
特にクリニック経営者において遺言書が重要となる大きな理由は、土地・建物・医療機器など「そのまま分割できない資産」が多く絡み合っているためです。
そのため遺言書がなければ、財産を分けること自体がクリニックの存続を脅かす事態につながりかねません。
ここでは遺産相続において、遺言書が果たす役割を詳しく解説していきます。
親族間での「争続」トラブルを未然に防ぐため
遺言書がない場合、遺産の分け方は「遺産分割協議」という家族同士の話し合いで決まります。この協議は相続人全員の合意が必要です。
兄弟の一人が「クリニックの土地は自分がもらいたい」と主張し、ほかの相続人が反対すれば、協議は何か月にもわたって長引くことになります。また、法定相続人の中に普段から交流の少ない親族が含まれている場合、感情的な対立につながるケースも少なくありません。
遺言書があれば、院長先生自身の意思が法的に明確になるため、相続人同士の無用な対立を防げます。
法定相続分に縛られず自由な財産配分をできるため
相続人の取り分(法定相続分)は、法律によってある程度決まっています。たとえば配偶者と子ども2人がいる場合、配偶者が2分の1、子どもがそれぞれ4分の1ずつというのが基本です。
しかし「献身的に介護してくれた長男に対して多く託したい」「医師である次女にクリニックを任せたい」といった個別の事情は法律では考慮されません。遺言書があれば、このような希望を法的に有効な形で反映させることが可能です。
煩雑な相続手続きを大幅に簡略化できるため
遺言書がないと、銀行口座の解約や不動産の名義変更などの手続きで「相続人全員の同意と実印」が必要になります。相続人が多い場合や普段連絡が取れない親族がいる場合は、この手続きだけでも相当な時間と労力がかかるものです。
遺言書があれば、これらの手続きをスムーズに進められるため、残された家族の負担を大きく軽減できます。
クリニックの経営資産を後継者に集中させるため
クリニックを個人経営している場合、クリニックで使用している土地や建物、医療機器などが「遺産」として扱われます。遺言書がなければ、これらの資産は複数の相続人の共有財産となってしまいます。
共有財産になると、売却や大規模な改装のたびに全員の同意が必要となり、現実的に考えるとクリニックの継続が難しくなるわけです。経営資産を後継者に集中させ、クリニックを存続させるためにも遺言書での指定は不可欠です。
遺産相続で利用される遺言書の主な種類と選び方

遺言書には主に3種類あります。
- 自筆証書遺言
- 秘密証書遺言
- 公正証書遺言
それぞれの特徴を理解し、自分の状況に合ったものを選びましょう。
費用をかけたくないなら「自筆証書遺言」
自筆証書遺言とは、遺言者本人が全文を手書きで作成する遺言書です。紙とペンさえあれば作成できるため費用は一切かかりません。
ただし遺言書の書き方は厳格に定められており、一か所でもルールを守らなければ無効になります。書き方の詳細については「自筆証書遺言の執筆時に守るべき6つのルール」で解説します。
| メリット | デメリット |
|---|---|
| 費用がかからないいつでも作成・変更できる | 形式的なミスによって無効になるリスク紛失や改ざんの恐れがある |
内容を秘密にしたまま存在のみを証明する「秘密証書遺言」
秘密証書遺言は、内容を誰にも知られたくない場合に利用される遺言書です。作成した遺言書を封筒に入れて、公証役場で公証人と2名の証人に封筒の存在のみを証明してもらいます。
自筆証書遺言とは異なり、本文はパソコンで作成しても代筆でも構いません。ただし遺言書本体への署名・押印だけは必ず本人が行う必要があります。
内容は秘密のまま保てる一方で、形式的な不備があっても公証人がチェックしないため、無効になるリスクを完全には排除できません。実務上の利用頻度も3種類の中でもっとも少なく、特別な事情がない限りあまり選ばれていません。
| メリット | デメリット |
|---|---|
| 内容を第三者に知られずに済むパソコンでの作成や代筆が可能 | 形式的なミスによって無効になるリスク公証役場での手続きが必要 |
クリニック経営者が選ぶべき「公正証書遺言」
公正証書遺言は公証役場の公証人が作成する遺言書です。遺言者が伝えた内容をもとに公証人が文書を作成して公証役場に原本を保管します。
作成費用は財産の価額に応じて法律で定められており、費用の目安は下記のとおりです。
| 財産の価額 | 公証人手数料 |
|---|---|
| 500万円を超え1,000万円以下 | 20,000円 |
| 1,000万円を超え3,000万円以下 | 26,000円 |
| 3,000万円を超え5,000万円以下 | 33,000円 |
| 5,000万円を超え1億円以下 | 49,000円 |
| 1億円を超え3億円以下 | 49,000円に超過額5,000万円までごとに15,000円を加算 |
| 3億円を超え10億円以下のもの | 109,000円に超過額5,000万円までごとに13,000円を加算 |
クリニックの土地・建物・医療機器など高額な資産を持つ医師の場合、財産総額が大きくなりやすい分、費用も相応にかかります。しかし万が一にも遺言書が無効になる事態は避けたいところです。多少の費用と手間をかけてでも、公正証書遺言を選ぶことを強くおすすめします。
| メリット | デメリット |
|---|---|
| 形式的なミスによる無効のリスクがほぼない原本が公証役場で保管されるため紛失や改ざんの心配がない文字を書くのが苦手でも問題ない | 費用がかかる差作成に手間と時間がかかる証人が2人必要 |
自筆証書遺言の執筆時に守るべき6つのルール
筆証書遺言を作成する場合、押さえておくべきポイントが6つあります。作成時のルールから、より確実に遺言書を残すための実践的な知識まで、順番に確認していきましょう。
全文を必ず「自書(手書き)」する
自筆証書遺言の「自筆」とは、本文のすべてを遺言者本人が手書きで書くことを意味します。パソコンで作成した文書や、他人に代筆してもらった文書は無効となってしまいます。
ただし財産目録(財産の一覧表)については、パソコンで作成したものや通帳のコピーの添付が可能です。
作成した「正確な日付」を明記する
遺言書には「2026年2月18日」のように、具体的な年月日を必ず記載しましょう。一見問題なさそうに思える「2026年2月吉日」という記載でも、実際に無効と判断された判例があります。
“証書の日附として単に「昭和四拾壱年七月吉日」と記載されているにとどまる場合は、暦上の特定の日を表示するものとはいえず、そのような自筆証書遺言は、証書上日附の記載を欠くものとして無効であると解するのが相当である。”
出典:もおか法律事務所
また複数の遺言書が存在する場合、日付の新しいものが優先されます。この点からも、日付は必ず正確に記載するよう心がけなければなりません。
「署名」と「押印」を忘れない
遺言書には戸籍上の氏名を正確に自署し、その横に押印が必要です。認印でも法的には有効ですが、偽造を疑われないように、実印の使用が推奨されています。
「1人1枚」で作成する
遺言書は必ず1人が1枚作成してください。たとえば夫婦2人ともが遺言書を残したい場合、1枚の紙に「夫・妻」と連名で書くのではなく、夫が1枚・妻が1枚と、それぞれ別々に作成する必要があります。
複数人が1枚の遺言書に連名で記載する「共同遺言」は法律で禁止されているためです。なお、1枚の遺言書の中で「長男に土地を、次女に預金を」と複数の相続人への財産指定をまとめて書くことは問題ありません。
修正方法を間違えない
間違えた箇所を修正する場合、民法968条3項で定められた以下の手順を踏む必要があります。
- 訂正箇所に二重線を引き、正しい文言を書き入れる
- 訂正箇所に押印する
- 余白部分に「〇字削除、〇字加入」など変更内容を記載する
- 変更内容の記載部分に署名する
なお、修正テープや塗りつぶしは認められません。手順を誤ると訂正部分のみが無効となり、訂正前の内容が有効として扱われます。
さらに元の文字が読めなくなっている場合は、その箇所は記載がないものとみなされるため注意が必要です。
この手順は複雑なため、最も確実な方法は最初から新しく書き直すことです。書き直す場合は、前の遺言書を破棄するか、新しい遺言書に「以前作成した遺言書はすべて取り消す」と明記しておきましょう。
自筆証書遺言書保管制度を活用する
自筆証書遺言は自宅で保管するケースが多く、紛失・改ざん・相続人による隠匿といったリスクがつきまといます。そこで活用したいのが、2020年7月から始まった「自筆証書遺言書保管制度」です。
法務局に遺言書を預けることで、以下のメリットがあります。
- 法務局職員が日付・署名・押印の有無などの確認をしてくれる
- 紛失・改ざんのリスクを排除できる
- 相続開始後の家庭裁判所での検認手続きが不要になる
保管手数料は1件3,900円と、自筆証書遺言書のリスクを抑えられるという意味では非常に安価といえます。自筆証書遺言を選ぶ場合は、この保管制度の利用を強くおすすめします。
【例文】遺言書の正しい書き方
以下は自筆証書遺言の例文です。実際の作成時は、ご自身の状況に合わせて内容を変更してください。また、正確な法的効力を持たせるためには、司法書士や弁護士への相談を強くおすすめします。

※上記はあくまで記載内容のイメージです。クリニックの資産・医療法人の持分・負債など、実際の財産構成は複雑なため、専門家への相談が不可欠です。また実際の遺言書は自筆でなければなりません。
遺言書の「無効」を防ぐために注意すべきこと
遺言書を作成しても、内容や手続きに問題があれば法的に無効となる場合があります。ここでは特にクリニック経営者が注意すべき点を解説します。
遺留分を侵害しない遺産相続の配分を徹底する
「遺留分(いりゅうぶん)」とは、特定の相続人に対して法律上保証された最低限の取り分のことです。たとえば子どもが2人いる場合、それぞれの遺留分は法定相続分(4分の1)の半分、つまり全体の8分の1と定められています。
遺言書でクリニックの全資産を後継者に集中させた場合でも、ほかの相続人の遺留分は侵害できません。遺留分を侵害された相続人は「遺留分侵害額請求」を行うことができ、後継者に金銭の支払い請求が発生する可能性があります。
遺産の配分を決める際は、あらかじめ各相続人の遺留分を計算し、侵害しないように配慮することが大切です。
第三者にクリニックを譲る場合は遺贈の手続きを確認する
親族に医師がいない場合、信頼できる第三者の医師にクリニックを引き継いでほしいと考える方もいるでしょう。遺言書で第三者に財産を贈ることは「遺贈(いぞう)」と呼ばれ、法的に認められています。
ただし遺贈は相続とは手続きが異なり、登記や税務上の取り扱いに注意しなければなりません。
また、相続人が遺贈に納得しない場合、トラブルになることもあります。たとえばクリニックの建物や医療機器を第三者の医師に遺贈した場合「なぜ家族ではなく他人に渡すのか」と子どもや配偶者が強く反発し、遺留分侵害額請求を起こすケースが実際に起こりえます。
こうした事態を防ぐためにも、第三者へのクリニックの引き継ぎを検討する場合は、遺贈の手続きを弁護士や税理士と事前に確認しておきましょう。
遺言書の作成と並行して医院継承も検討
遺言書の作成は、万が一のときに家族やスタッフ、患者を守るための重要な備えです。
ただし、遺言書だけではクリニックの診療の継続は保証できません。院長先生がご存命のうちに引き継ぎ先を決め、準備を進める「医院継承」を合わせて検討することで、クリニックの存続はより確かなものになります。
遺言書だけでなく、医院継承も検討しておいたほうがいい理由を見ていきましょう。
「負の遺産」を家族に背負わせずに済む
相続人(お子さんなど)が医師でない場合、クリニックの土地や建物などの資産を引き継いでも、医療機関として運営し続けることはできません。場合によっては、それらの資産が「売却しにくい不動産」「解約が必要な医療機器リース」として、むしろ家族の負担となることがあります。
生前に医院継承を行って現金化しておけば、家族が「負の遺産」を抱えることを防ぎ、公平な遺産分割も実現しやすくなります。
患者やスタッフが困惑する事態を防げる
遺言書でクリニックの相続人を指定していたとしても、院長に万が一のことがあったときに後継者が決まっていないと、クリニックは休診を余儀なくされます。医療法によって「医療機関には必ず管理者を置かなければならない(医療法第10条)」と定められており、管理者が不在となれば診療の継続ができないためです。
かかりつけ医として長年通院している患者や生計を依存しているスタッフにとって、突然の休診は深刻な問題です。生前に後継者と引き継ぎ準備を進めておくことで、万が一のときでも診療を継続できる体制が整えられます。
家族間の公平な遺産分割が可能になる
医師の財産の中でも、クリニックの不動産や設備は特に「分割しにくい資産」です。たとえば3,000万円の不動産を3人の相続人で分けようとしても、実物は分割できません。
医院継承によってクリニックを売却すれば、財産が現金となるため公平な分割が可能になります。
遺産相続の遺言書に関するよくある質問
遺産相続や遺言書について「自分のケースはどうなるのか」と疑問を持たれる院長先生は多くいらっしゃいます。ここでは、クリニック経営者からよく寄せられる質問をまとめました。
一人に相続させたい場合の遺言書の書き方は?
遺言書の書き方自体は、複数人に相続させる場合と基本的に同じです。「〇〇(財産の内容)を、長男・〇〇に相続させる」と明記するだけで構いません。
ただし、一人にすべての財産を集中させる場合は、ほかの相続人の「遺留分」を侵害しないよう注意しなければなりません。遺留分を侵害した場合、後から金銭の支払いを請求される可能性があります。
遺言書と法定相続人どちらが優先されますか?
基本的には遺言書が優先されます。ただし繰り返しになりますが、一定範囲の相続人(配偶者・子ども・父母など)には「遺留分」が保証されています。
遺言書の内容がこの遺留分を侵害していれば、侵害された相続人は金銭的な補償を請求する可能性があり「争続」へと発展する可能性があることは把握しておきましょう。
作成した遺言書の内容をあとから変更は可能ですか
可能です。遺言書は何度でも書き直すことができて、内容が矛盾する複数の遺言書がある場合でも、日付の新しいものが優先されます。
ただし修正は手順が複雑でミスが起きやすいため、全体を新しく書き直すほうが確実です。
遺言書で指定した財産を生前に売却や処分はできますか?
可能です。遺言書は「死亡時に存在する財産」に対して効力を持つため、遺言書に記載した財産を生前に売却や処分は自由に行えます。
ただし遺言書で指定していた財産がなくなった場合、その部分の遺言は効力を失います。売却や処分をした際は、あわせて遺言書の内容も見直すことをおすすめします。
まとめ|円滑な遺産相続は遺言書と医院継承の準備が重要
遺言書は親族間の争いを防ぎ、クリニックの資産を後継者に確実に引き継ぐ有効な手段です。特にクリニックの場合、遺言書の不備が経営の継続に直接影響するリスクがあります。
また遺言書の作成と並行して、生前からの「医院継承」の準備を進めることも大切です。後継者が決まっていない状態で急逝した場合、患者やスタッフに大きな迷惑をかけるだけでなく、家族が「負の遺産」を抱える事態にもなりかねません。
医院継承(M&A)と遺言書の準備は、どちらも早めに着手するほど選択肢が広がります。まずは専門家への相談から始めてみることをおすすめします。
私たちエムステージマネジメントソリューションズでは、クリニックの医院継承(M&A)に関するご相談を無料で承っています。「そろそろ引き継ぎを考えたい」「後継者をどう探せばいいかわからない」という院長先生は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
▶医院継承・医業承継(M&A)のご相談は、エムステージ医業承継サポートにお問い合わせください。
この記事の監修者

田中 宏典 <専門領域:医療経営>
株式会社エムステージマネジメントソリューションズ代表取締役。
医療経営士1級。医業承継士。
静岡県出身。幼少期をカリフォルニア州で過ごす。大学卒業後、医療機器メーカー、楽天を経て株式会社エムステージ入社。医師紹介事業部の事業部長を経て現職。
これまで、病院・診療所・介護施設等、累計50件以上の事業承継M&Aを支援。また、自社エムステージグループにおけるM&A戦略の推進にも従事している。
2025年3月にはプレジデント社より著書『“STORY”で学ぶ、M&A「医業承継」』を出版。医院承継の実務と現場知見をもとに、医療従事者・金融機関・支援機関等を対象とした講演・寄稿を多数行うとともに、ラジオ番組や各種メディアへの出演を通じた情報発信にも積極的に取り組んでいる。
医療機関の持続可能な経営と円滑な承継を支援する専門家として、幅広く活動している。
より詳しい実績は、メディア掲載・講演実績ページをご覧ください。
【免責事項】
本コラムは一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の取引や個別の状況に対する税務・法務・労務・行政手続き等の専門的なアドバイスを提供するものではありません。個別案件については必ず専門家にご相談ください。