医業承継における譲渡対価の払い方

買収 2023/05/02

医業承継の方法として第三者承継(M&A)も一般的となっていますが、医業のM&Aは、その対象が個人クリニック(診療所)か医療法人かによって、手法や譲渡対価の支払い方が異なります。

本記事では、個人クリニックと医療法人のM&Aについて、対価の支払い方や譲渡時の課税関係について、詳しく説明します。

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個人クリニックの譲渡対価の払い方

個人クリニック(個人事業)のM&Aは「事業譲渡」という形でおこなうこととなります。後述するように、医療法人の場合は、法人自体を譲渡することになりますが、個人事業では譲渡の対象となる法人がありません。 

事業譲渡とは、売り手であるクリニックの院長が所有するクリニックの事業用資産(医療機器や内装、不動産など)を買い手に譲渡することによって、事業が承継される方法です。クリニックの事業譲渡は、大きく以下のような流れで行われるのが一般的です。

  1. 売り手となるクリニックを廃業(診療所の営業許可を返上)する
  2. 買い手が新たに開業届を提出し、営業許可を取得する
  3. 売り手から買い手へ、クリニックの事業用資産を譲渡する

③の事業用資産の譲渡にあたり、譲渡価額には、事業用資産の時価に加えて「営業権(のれん代)」の価額も含めて算定します。営業権とは、簡単にいうと、貸借対照表に計上される資産以外の、ノウハウやブランドといった無形資産のことです。

事業用資産は、すべて院長が個人所有しているものであるため、譲渡対価はすべて院長が受け取ることになります。

この際、事業用資産の中に不動産(クリニックの建物やその敷地等)が含まれている場合、譲渡価額が高額となり、買い手が資金手当てできなくなる可能性があります。このような場合には、不動産を譲渡せずに院長が所有したまま、買い手に貸し付けるということも考えられます。貸し付けることで、売り手である院長は、事業譲渡後も賃貸収入を継続して得ることができます。

医療法人の譲渡対価の払い方

医療法人は、出資持分のある医療法人と出資持分のない医療法人に大別されますが、この出資持分の有無により、M&Aの手法と譲渡対価の払い方も変わってきます。

なお、医療法人の場合でも、例えば複数の病院や診療所を運営しており、その一部を事業譲渡するM&Aのケースもありますが、本記事では承継がテーマなので、法人そのものを譲渡する場合について解説します。

出資持分のある医療法人の場合

出資持分のある医療法人のM&Aは、買い手から売り手に出資持分を譲渡する「持分譲渡」の方法で行われるのが一般的です。

出資持分譲渡の場合、譲渡対価は出資持分の売り手である出資者が直接受け取ることになります。(出資者が複数の場合もありますが、ここでは、医療法人の理事長が全額出資をしているオーナーである前提とします)。

合わせて、売り手側のオーナーに対して、医療法人から役員退職金を支給することが一般的です。つまり、出資持分の譲渡対価と役員退職金の合計額が、出資持分のある医療法人のM&Aの全体の譲渡対価ということができます。

この全体の譲渡対価を、出資持分の譲渡対価と役員退職金にどのような割合で按分していくかは、医療法人や買い手の資金状況、後述する課税関係などを考慮した上で決定します。

また、ケースによっては、出資持分の譲渡後も売り手側のオーナーが一定期間退職せずに医師として勤務し続けることもあります。この場合には、そこで支払われる給与もM&Aの譲渡対価と考えることができます。

なお、出資持分の譲渡により医療法人の財産権は買い手に移りますが、これだけでは経営権は買い手には移りません。このため、出資持分の譲渡と同時に、社員総会と理事会を開催し、社員と理事の交代を経て、新たな理事長を選出する必要があります。

出資持分のない医療法人の場合

出資持分のない医療法人の場合、そもそも出資持分がないため、M&Aにあたり出資持分の譲渡によって対価を得ることはできません。

このため、出資持分のない医療法人のM&Aでは、一般的には医療法人から支払われる役員退職金を譲渡対価に相当させる手法が採られます。このとき、譲渡対象となる医療法人に役員退職金を支払う現預金がない場合には、買い手から譲渡対象となる医療法人へお金を貸し付けたり、医療法人が金融機関から融資を受けたりすることによって、退職金の原資を調達します。

ここで、出資持分のない医療法人のM&Aの場合、出資持分の譲渡がないため、出資持分のある医療法人のM&Aよりも譲渡対価が少なくってしまうのではと考える方もいます。

しかし、医療法人自体の価値が同じであれば、全体の譲渡対価の額に大きな違いは基本的には生じません。全体の譲渡対価の内訳が、出資持分の譲渡と役員退職金に分かられるか、役員退職金一本となるかという違いになります。

ただし、売り手側のオーナーの手元に残る金額は、後述のように、課税関係によって変化します。

なお、譲渡対象となる医療法人が基金拠出型医療法人の場合には、上記に加え、売り手側オーナーの有する基金を買い手に譲渡して、その譲渡対価を得ることも可能です。

譲渡対価にかかる税制

上記のようなM&Aをおこなった場合、売り手側が得た対価には一定の課税がなされます。ただし、この際の課税関係は、売り手が受け取る譲渡対価の種類により異なります。

個人クリニックの場合

個人クリニックの事業譲渡の場合、譲渡対価を受け取った院長には所得税や住民税、復興特別所得税が課税されます。その際の課税関係は、譲渡した資産の種類に応じ、以下のようになります

医療機器や内装、器具備品など

医療機器や内装、器具備品などの譲渡は、総合課税の譲渡所得となり、院長の事業所得や給与所得など他の所得と合算した金額に、所得税等が課税されます。総合課税の譲渡所得の具体的な計算方法は下表のようになります。

区分所有期間譲渡所得の計算式
短期譲渡所得5年以内譲渡価額-(取得費+譲渡費用 )-特別控除額50万円
長期譲渡所得5年超{譲渡価額-(取得費+譲渡費用 )-特別控除額50万円}×1/2

(注)特別控除額50万円は、短期譲渡所得から優先して控除し、残額がある場合に長期譲渡所得から控除します。

営業権(のれん代)

営業権とは、事業譲渡の対象となるクリニックの持つ患者データやノウハウ、ブランドなどの無形の資産のことです。

営業権の譲渡にかかる課税関係は、原則として、上記の医療機器等と同様に総合課税の譲渡所得となります。ただし、ケースによっては雑所得として取り扱われることがあります。

不動産(土地・建物)

不動産の譲渡は、分離課税の譲渡所得となり、院長の事業所得や給与所得など他の所得とは区分して所得税等が課税されます。分離課税の譲渡所得の具体的な計算方法と税率(所得税と住民税、復興特別所得税の合計税率)は下表のようになります。

区分所有期間譲渡所得の計算式税率
短期譲渡所得5年以内譲渡価額-(取得費+譲渡費用 )39.63%
長期譲渡所得5年超20.315%

なお、上記の譲渡対象資産のうち、土地以外の譲渡は消費税の課税取引となります。

医療法人の場合

出資持分のある医療法人のM&Aにおいて、出資持分は、税務上、有価証券に該当します。このため、出資持分を譲渡した場合、売り手側のオーナーには、分離課税方式により、その譲渡所得に対して20.315%の所得税等が課税されます。なお、譲渡所得は、譲渡価額から取得費と譲渡費用の合計額を控除して計算します。

出資持分のない基金拠出型医療法人のM&Aでは、売り手側のオーナーが基金を譲渡することがありますが、この際の基金の譲渡価額は、通常、額面での譲渡となるため譲渡所得は生じません。

次に、医療法人のM&Aにおいて、売り手側のオーナーが役員退職金の支給を受ける場合には、その退職所得に所得税等が課税されます。

具体的には、受け取った退職金の額から退職所得控除額を差し引いた金額に2分の1を掛けて課税退職所得金額を算出し、その課税退職所得金額に分離課税の方式により所得税や住民税、復興特別所得税が課税されます。

課税退職所得金額=(退職金の収入金額-退職所得控除額)×1/2

この際の税率は、所得税は下表のように課税退職所得金額に応じた累進税率となっており、住民税は一律10%となっています。なお、復興特別所得税は所得税額に2.1%を乗じた金額となります。

課税退職所得金額所得税率控除額
1,000円から1,949,000円まで5%0円
1,950,000円から3,299,000円まで10%97,500円
3,300,000円から6,949,000円まで20%427,500円
6,950,000円から8,999,000円まで23%636,000円
9,000,000円から17,999,000円まで33%1,536,000円
18,000,000円から39,999,000円まで40%2,796,000円
40,000,000円以上45%4,796,000円

上記計算式のうち、退職所得控除額は、下表のようにオーナーの勤続年数に応じて増えていく仕組みとなっており、勤続期間が長いほど退職金にかかる税負担は軽減されます。

勤続年数退職所得控除額
20年以下40万円×勤続年数  ※80万円未満の場合は80万円
20年超800万円+70万円×(勤続年数-20年)

(注)勤続年数に 1年未満の端数があるときは、端数を切り上げ1年として計算します。

なお、役員退職金を支払った医療法人側では、その役員の職務内容に照らして不相当に高額とされるものでなければ、支払った役員退職金の全額が税務上の費用(損金)となります。

まとめ

医業承継における譲渡対価は、個人経営か医療法人経営かによって、また医療法人の場合、退職金か持分の譲渡対価なのかによって、複雑にスキームや課税関係が変わってきます。実際の譲渡の際には、M&Aの税務にくわしい税理士や医業承継の仲介会社に、事前に相談することをおすすめします。

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