PHR(パーソナルヘルスレコード)についてわかりやすく解説
目次
日本の高齢化と労働力減少に対応するため、健康寿命の延伸が重要です。個人の医療や介護情報を一元管理するPHR(パーソナルヘルスレコード)が注目されています。PHRは健康情報を一括管理し、医療現場で活用できる仕組みです。政府は2019年からPHRの推進を進め、各自治体でも活用事例が増えています。PHRの普及にはシステム整備やセキュリティ対策などの課題がありますが、医療リソースの効率化と国民の健康促進に不可欠です。
本記事では、PHR(パーソナルヘルスレコード)の概要や活用方法、メリット・デメリットなどを解説します。
PHR(パーソナルヘルスレコード)とはなにか
PHR(Personal Health Record:パーソナルヘルスレコード)は、直訳すれば「個人の健康記録」です。もう少しくわしくいえば、「個人の健康状態、保健、医療、介護に関する履歴を一元的に集約したデータ」のことです。
例えば、生まれたときから現在までの疾病履歴や治療・服薬履歴、出産履歴、現在の心身の状態(体重、血圧、体温など)、生活習慣、介護状態などがまとめられた記録です。
これまでは、こういった記録は残されていないか、残されていたとしても、例えば通院した病院や施設ごとで、個別に管理されていました。
それを集約・一元化することで、個人が自分で管理できるまとまった記録にした上で、医療、介護の現場で利活用していこうというのが、広義のPHRの基本的な考え方です。
厚生労働省では、2019年から「国民の健康づくりに向けたPHRの推進に関する検討会」を設置してきましたが。それを引継ぎ、2020年からは「健康・医療・介護情報利活用検討会」を設置して、PHRの利活用について検討を進めています。また、「健診等情報利活用ワーキンググループ 民間利活用作業班」では、総務省、経済産業省、厚生労働省の3省が共同で、民間事業者がPHRを活用した事業をおこなう枠組みをとりまとめています。
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PHR(パーソナルヘルスレコード)はどのように使われるのか
これまで、保健医療に関する情報として、例えば、薬に関しては「お薬手帳」、子どもに関しては「母子手帳」、自治体が主催するワクチン接種は自治体で、また、企業や学校で行われる健康診断結果は、それぞれの健診機関が発行する診断結果で、という具合に、保健医療情報がバラバラに散在していました。
これらの散在していた情報を、マイナンバーと紐付けられたマイナポータルの仕組みを活用しながら、一元的に集約管理して個人が管理し、さらには、必要に応じてそのデータを医療機関や民間企業が利活用できるようにしようというのが、総務省、経済産業省、厚生労働省の目指すPHR活用システムの枠組みです。
この枠組みに基づいて、IT系企業各社が参画し、PHRを活用するための情報基盤であるPHRプラットフォームの開発を進めています。
▼図 PHRの全体像
すでにマイナンバーカードを健康保険証として利用する登録をした人は、「マイナポータル」で、ワクチンの接種歴や特定健診結果などを閲覧できるようになっています。また、マイナポータル以外にも、各社からリリースされているPHRプラットフォームを活用した、母子専用アプリや日々の健康管理アプリなど、さまざまなサービスがリリースされています。
今後こうした医療情報の個人管理と一元化は、より一層普及していくでしょう。
以下では、総務省が各自治体に対して推進しているPHRサービスのモデル事例を見ていきましょう。
事例1:生活習慣病予防にPHRを活用する例
福島県郡山市をはじめとするいくつかの自治体では、生活習慣病予防にPHRを活用しています。具体的には、アプリを活用して、診察・検査データ、薬局から取得する調剤データ、自己測定の血圧や血糖などの本人が入力したバイタルデータなどを一括管理します。
6臨床学会で承認を得た「生活習慣病自己管理項目セット」および「PHR推奨設定」(正常範囲値やリスク階層別の閾値、閾値に応じたアラートを設定)の各項目の閾値を超えると本人のスマートフォンのPHRアプリに介入アラートが通知されます。
このアラートが通知された場合は患者本人の同意のもと、保険者が患者に適切な指導を実施する仕組みです。
患者個人にゆだねられがちな生活習慣病予防も、PHRを医療機関と適宜共有することで症状が重症化する前に指導を実施できます。
事例2:妊娠・出産・子育て支援にPHRを活用する例
群馬県前橋市では、母子手帳の代わりにPHR(パーソナルヘルスレコード)の活用を推進しています。マイナンバーを使った認証により、自治体が保有している乳幼児健診や予防接種に関するデータをアプリに自動で反映させます。
また患者本人がかかりつけ医やお薬手帳のデータを入力することもできます。こうしたデータを活用することで、自治体から子どもの成育状況に応じた情報を提供したり、救急時にも適切な処置を施したりすることができるようになります。
事例3:疾病、介護予防にPHRを活用する例
神戸市をはじめとするいくつかの自治体では、疾病、介護予防にPHRを活用する取り組みが進められています。この取り組みは高齢者を対象としているため、個人のスマホではなく公共の場(公民館など)に設置したタブレットを使用。
インストールした「介護予防手帳アプリ」を通じて、高齢者のバイタルデータや検診データを管理します。
またタブレットと共に用意されている血圧計や活動量計などのデータも取り込み、個人の状況に合わせた介護予防サービスや、プログラムを提供。高齢者自身も活動量等に基づく生活の活発度などを視覚的に確認できるため、健康維持や介護予防への意識が高まる効果が期待できます。
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PHR(パーソナルヘルスレコード)を活用するメリット
PHRの活用には、以下のようなメリットがあります。
保健医療情報管理が容易になる
PHRプラットフォームで、PHR情報を電子データとして保管しておけば、紙の手帳などと異なり、逸失の恐れがありません。また、必要なときには、スマホで手軽に閲覧できます。
災害時や救急時もすばやく情報を取得し適切な処置が可能
災害時や救急時、患者と意志の疎通が図れない状況下で、医療等が必要となることもあります。そんな場合でも、患者本人があらかじめ情報開示に同意していれば、医療機関はいつでも患者のPHR情報にアクセスできるようになります。
例えば、患者が救急搬送されてくる前に医療機関側で既往歴やMRIの可否などを確認し、適切な処置の準備を整えることができます。緊急性の高い現場での、迅速な対応にも役立ちます。
患者のセルフマネジメント促進
PHRプラットフォームを利用すれば、患者は自分の健康状態などをスマホで確認できます。身近な電子媒体で簡単に健康状態を確認できることは、患者のセルフマネジメントに対するモチベーションを高めるでしょう。
PHRプラットフォームのアプリによっては日々の健康状態をAIが診断、アドバイスする機能が付いたものもあります。こうした機能も活用することで、患者がより主体性を持って健康維持に取り組むことが期待できます。
医療リソース浪費削減に貢献
医療機関では、PHRを活用して患者の情報を効率よく、漏れなく確認することができるようになります。その結果、問診や検査などの一部を省くこともできるでしょう。アプリによっては、チャットやオンラインでの医療相談などにも対応しています。こうした機能を活用することで、医療リソースの浪費が避けられるようになります。このことは、総医療費の抑制にもつながるでしょう。
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PHR(パーソナルヘルスレコード)のデメリット
一方、PHRにはデメリットもあります。
現時点で、データ活用の準備が進んでいない
PHRの活用には、データの標準化、一元化が必要ですが、広範なデータを標準化、一元化することは、現時点では困難です。例えば、PHRプラットフォームサービスを提供する事業者で、マイナポータルとの連携に対応、準備しているのは全体の2割程度しかありません。
「マイナ保険証」自体、2023年4月からは運用が義務化されますが、対象となる医療機関の4割近くでシステムの整備が間に合わない見通しだと報道されています(「日本経済新聞」2023年3月30日記事)。
そもそも、マイナンバーカード自体の普及率が約75%、そのうちマイナ保険証として登録されている割合が、65%程度なので、国民へのマイナ保険証の普及率はまだ5割にも満ちません。
このように現時点ではまだ、PHRプラットフォームを利用するための基盤が整っていない状況です。
PHRの利用が難しい人もいる
PHRは患者自身がスマホやPCで情報を管理することが前提です。しかし、高齢者など、機器の操作が難しい人も一定存在します。そういった人たちへの、医療格差が生じることが懸念されます。
近年では高齢者のスマホ所持率も上昇しているものの、政府や自治体、医療機関、アプリそのもののUIなどさまざまな点からフォローが必要となるでしょう。
高いセキュリティレベルが求められる
PHRは非常に重要な個人情報であり、PHRプラットフォームには、高いセキュリティレベルが求められます。経済産業省は、2021年4月に「民間PHR事業者による健診等情報の取扱いに関する基本的指針」を策定しましたが、翌2022年4月には一部改正が加えられるなど、今後も随時、情報セキュリティレベルの充実、拡張が求められることが見込まれます。
まとめ
PHRが広く活用されていくためには、マイナ保険証はじめ、データ活用のためのシステム基盤整備や、セキュリティ確保など乗り越えなければならない課題もあります。しかし、国全体としての医療リソース確保や総医療費削減といった医療政策面においても、国民1人1人における健康維持、増進の面においても、PHRの利活用推進は不可避な課題であり、その重要性は今後ますます増していくと思われます。
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この記事の監修者
田中 宏典 <専門領域:医療経営>
株式会社エムステージマネジメントソリューションズ代表取締役。医療経営士1級。医業承継士。医療機器メーカー、楽天を経て株式会社エムステージ入社。医師紹介事業部の事業部長を経て現職。これまで、病院2件、診療所30件、介護施設2件の事業承継M&Aをサポートしてきた。エムステージグループ内のM&A戦略も推進している。