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薬局の事業譲渡とは?できること・できないこと、流れや注意点を解説

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薬局の事業譲渡とは?できること・できないこと、流れや注意点を解説

薬局の事業譲渡とは、店舗運営に必要な資産や契約関係の一部、または全部を切り出して、他社・他者へ引き継ぐM&Aの手法です。法人そのものを譲るのではなく、対象となる事業だけを選んで譲渡できるため、一部店舗のみを手放したい場合や、法人に残したい資産・負債がある場合に適しています。中小企業庁も、第三者承継(M&A)を事業承継の重要な選択肢の一つとして位置づけています。

出典:中小企業庁「事業承継ガイドライン」

一方で、薬局の事業譲渡には、一般的なM&A以上に慎重な対応が求められます。なぜなら、薬局開設許可や保険薬局指定などの許認可は原則として引き継げず、従業員の雇用も自動承継されないためです。さらに、門前医療機関との関係、電子薬歴やオンライン資格確認を含むシステム移行、取引先との契約承継など、現場運営に直結する論点が多くあります。薬局開設許可の申請時に必要な添付書類や、保険薬局指定申請の手続概要は厚生労働省・地方厚生局が公表しています。

出典:厚生労働省「薬局開設又は医薬品販売業の許可等の申請時の添付書類について」
出典:関東信越厚生局「保険医療機関・保険薬局の指定申請」

そのため、薬局の事業譲渡では「売れるかどうか」だけでなく、「譲渡後も現場が止まらずに運営できるか」が重要です。スケジュール設計や周知の段取りを誤ると、保険請求の空白、従業員の離職、取引先の不安といった大きな問題につながる可能性があります。

この記事では、薬局の事業譲渡で引き継げるもの・引き継げないもの、株式譲渡との違い、検討すべきタイミング、手続きの流れ、行政対応、失敗しないための注意点、高く売るための準備まで、実務に沿ってわかりやすく解説します。

この記事でわかること

薬局の事業譲渡を検討している方が、最初に押さえておきたいポイントは次のとおりです。

  • 薬局の事業譲渡は、店舗や設備、在庫、契約の一部を切り出して譲渡できる手法
  • 一部店舗のみ譲渡したい場合や、法人全体は残したい場合に向いている
  • 許認可や保険薬局指定は原則として引き継げず、買い手側で取り直しが必要
  • 従業員の雇用は自動承継されず、転籍同意が必要
  • 契約やリースは個別に承継同意や再契約が必要になることが多い
  • 価格だけでなく、譲渡後に現場が回るかどうかが成否を分ける

薬局が事業譲渡を選ぶ理由と検討タイミング

薬局の事業譲渡は、いつ・なぜ検討するかによって、選ぶべきスキームや準備の内容が大きく変わります。単に店舗を売るという話ではなく、患者の導線、薬剤師の配置、門前との信頼関係といった運営の前提を、次の担い手に引き継ぐ意思決定だからです。

検討が遅れるほど、選べる買い手は限られ、許認可や人員配置の調整も間に合いにくくなります。中小企業庁は、円滑な事業承継のために早期取組の重要性をガイドラインの中心論点として示しています。

出典:中小企業庁「事業承継ガイドライン」

後継者不在・薬剤師不足で継続が難しいとき

親族や社内に後継者がいない、管理薬剤師を確保できない、オーナーの高齢化や病気で現場に立てない。こうした局面では、廃業か承継かの判断が必要になります。

廃業という選択肢もありますが、原状回復費、在庫処分、リース残債の精算など、目に見えにくいコストが積み上がりやすいのが実情です。一方、事業譲渡であれば、設備や在庫を評価して引き継げる可能性があり、患者や従業員の受け皿を残しやすくなります。

一部店舗のみ譲渡したいとき

複数店舗を展開する法人が、不採算店のみを手放したい、特定エリアから撤退したい、主力エリアに経営資源を集中したいと考える場合、事業譲渡は有力な選択肢です。

株式譲渡では法人全体が動くのに対し、事業譲渡では対象店舗だけを切り出せます。そのため、法人全体を売らずに再編を進めたい場合に適しています。

患者・従業員への影響を抑えて引退したいとき

地域密着型の薬局ほど、閉店による影響は大きくなります。患者にとってはいつもの薬局がなくなり、従業員にとっては働く場を失うことになるためです。

事業譲渡であれば、営業を継続したまま引き継げる可能性があるため、患者は処方箋の行き先を大きく変えずに済み、従業員にも雇用継続の道が開けます。

事業譲渡と株式譲渡の違い

薬局のM&Aでは、事業譲渡と株式譲渡がよく比較されます。どちらも事業承継の手法ですが、何が動くのか、どんなリスクを引き受けるのかが大きく異なります。

株式譲渡は、会社そのもののオーナーが変わる方法です。法人格はそのまま残るため、契約関係や雇用関係は原則として継続し、許認可や保険薬局指定も同一法人として維持されるケースが多く、手続きは比較的シンプルです。

これに対して事業譲渡は、会社の中の特定事業を売買する方法です。何を譲るかを契約書で個別に定める必要があり、従業員は転籍同意のうえで再契約、賃貸借やリースは承継同意や再契約が必要になることが多く、許認可は原則として取り直しになります。

薬局の事業譲渡の対象範囲(資産・契約・許認可)

事業譲渡の最大の特徴は、譲渡対象を選べることです。裏を返せば、選び方を誤ると運営に必要な要素が抜け落ち、買い手にとって「買ったのに回らない薬局」になってしまいます。

引き継げるもの

事業譲渡で引き継ぎやすい代表例は、調剤機器、什器備品、内装などの有形資産です。医薬品在庫も、棚卸と評価方法を決めたうえで引き継ぐのが一般的です。

ここで注意したいのが、在庫の評価方法です。実務では、薬価基準をもとに評価するのか、実際の購入価格を基準にするのか、あるいは期限切迫品や不動在庫をどう扱うのかで認識が分かれやすく、価格交渉で揉めることがあります。特に薬局では、帳簿上は在庫でも実際には動きにくい医薬品が含まれることがあるため、帳簿残高だけでなく実在庫の確認が重要です。そのため、在庫を引き継ぐ場合は、評価基準、棚卸基準日、対象範囲、期限切迫品の扱いを事前に明確にしておくことが大切です。

また、無形資産として、屋号、地域での信用、運営ノウハウ、患者導線、門前との関係性などが実質的な価値を持ちます。

手続きが必要なもの

賃貸借契約、リース契約、保守契約、卸との取引基本契約などは、相手方が存在するため、自動で引き継がれるわけではありません。名義変更、承継同意、場合によっては再契約が必要です。

原則引き継げないもの

事業譲渡では、一般に債務は包括的には承継されません。また、薬局開設許可や保険薬局指定などの許認可は、原則として引き継げません。薬局開設許可の申請実務については厚生労働省が様式例や添付書類を公表しており、保険薬局指定については地方厚生局長による指定が必要と案内されています。

出典:厚生労働省「薬局開設又は医薬品販売業の許可等の申請時の添付書類について」
出典:関東信越厚生局「保険医療機関・保険薬局の指定申請」

薬局の事業譲渡の流れ

薬局の事業譲渡は、買い手探しだけで完結するものではありません。情報開示、現場確認、契約設計、許認可、引継ぎオペレーションまで一体で進める必要があります。

1. NDA締結と情報開示

初期段階では、社名を伏せたノンネーム情報で候補先に打診し、興味を持った相手と秘密保持契約を締結したうえで詳細情報を開示するのが一般的です。

2. 条件交渉と基本合意

条件交渉では、譲渡範囲、価格、従業員の処遇、引き継ぎ期間、競業避止など、後から揉めやすい論点を先に整理します。

3. デューデリジェンス(DD)

DDでは、買い手が提示情報の正確性や、買収後に想定外の損失が生じないかを確認します。薬局では財務だけでなく、現場運営、法務、労務まで確認対象が広がりやすいのが特徴です。

4. 最終契約・クロージング

DD結果を踏まえて条件を確定し、事業譲渡契約を締結します。効力発生日は、レセプト締め日、棚卸日、行政手続きの完了見込みと整合させて設定することが重要です。

薬局特有の行政手続き(開設許可・保険薬局指定)

薬局の事業譲渡では、開設者変更に伴い、買い手側で許認可取得や指定申請を進める必要があります。厚生労働省は薬局開設許可の申請時の添付書類を公開しており、関東信越厚生局は、公的医療保険の適用を受ける調剤を行うためには、あらかじめ地方厚生(支)局長による保険薬局の指定を受ける必要があると案内しています。

出典:厚生労働省「薬局開設又は医薬品販売業の許可等の申請時の添付書類について」
出典:関東信越厚生局「保険医療機関・保険薬局の指定申請」

許認可の取り直しと遡及申請

事業譲渡で開設者が変わる場合、買い手側が薬局開設許可を新規に取得し、あわせて保険薬局指定の手続きを進めます。指定申請の提出時期や必要書類は地方厚生局の案内に従って確認する必要があります。

出典:関東信越厚生局「保険医療機関・保険薬局の指定申請」

また、保険薬局指定の遡及適用が論点になることがありますが、これは一律に認められるものではありません。実務上は、旧開設者の廃止と新開設者の指定が間断なく行われることなど、個別事情に応じた確認が必要になります。

そのため、遡及適用を前提にスケジュールを組むのではなく、必ず事前に管轄の地方厚生局へ相談し、必要書類や提出期限を確認したうえで進めることが重要です。 少しでも判断に迷う場合は、一般論で進めず、管轄先に直接確認する姿勢が欠かせません。

買い手側で必要な主な申請・届出

買い手側では、保健所や厚生局への申請だけでなく、管理薬剤師に関する届出、施設基準や各種加算の届出確認も必要になります。さらに、賃貸借・リース・卸取引・保守契約・口座の名義変更、POS・レセコン・電子薬歴・オンライン資格確認などのシステム切替も並行して進めなければなりません。

事業譲渡で失敗しないための注意点

薬局の事業譲渡で起きる失敗は、契約書の不備だけではありません。従業員が辞める、門前との関係が崩れる、患者対応が混乱するなど、現場の感情や信頼関係の乱れが売上に直結します。

従業員の雇用継続と転籍同意

事業譲渡では、雇用契約は原則として自動承継されません。厚生労働省の「事業譲渡等指針」は、事業譲渡における労働契約の承継に必要な労働者の真意による承諾を得ることなど、会社が留意すべき事項を定めています。

出典:厚生労働省「企業組織の再編(会社分割等)に伴う労使関係(労働契約の承継等)について」

買い手と新たに雇用契約を結ぶ「転籍」となるため、給与、勤務地、勤務時間、退職金などの条件整理と丁寧な説明が重要です。特に管理薬剤師などのキーマンが離職すると、許認可や現場品質に影響し、案件全体に影響を及ぼすことがあります。

門前医療機関・取引先への説明

門前医療機関との関係は、薬局の安定収益そのものです。譲渡後も処方箋が維持されるかどうかは、立地以上に信頼関係で決まる場面があります。

また、賃貸人、卸、リース会社、保守ベンダーなどの取引先についても、承継同意や再契約が必要になることがあります。

競業避止義務・商号続用・個人情報の取り扱い

売却後に近隣で同じ事業を始めることを制限する競業避止義務は、買い手にとって重要な条項です。ただし、広すぎる設定は売り手の生活や再就職に影響するため、地域・期間・対象業務のバランスを慎重に決める必要があります。

また、屋号を継続使用する場合には注意が必要です。e-Gov法令検索に掲載されている商法第14条は、自己の商号を他人に使用させた場合の責任について定めています。

出典:e-Gov法令検索「商法」

患者情報や薬歴データの引継ぎでは、運営継続の必要性だけでなく、個人情報保護の観点からも適切な管理が必要です。個人情報保護委員会は、医療・介護関係事業者向けガイダンスを公表しています。

出典:個人情報保護委員会「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」

高く売れる薬局にする事前準備

譲渡価格は、今の数字だけで決まるわけではありません。将来性と引き継ぎやすさが大きく影響します。買い手が「この薬局なら引継ぎ後も再現できる」と判断できる状態をつくることが、価格を高める近道です。

収益性の改善と公私混同の解消

まず取り組みたいのが、利益の再現性を高めることです。在庫管理、ロス削減、仕入条件の見直しなど、地道な改善でも評価は上がります。

集中率・在宅対応・技術料の見せ方

集中率は、安定性の指標である一方で、依存リスクでもあります。一方、在宅対応は将来性として評価されやすい要素です。

キーマン薬剤師の離職を防ぐ

薬局の価値は、人に強く依存します。管理薬剤師やベテラン事務など、現場を支えるキーマンが離職すると、買い手が想定していた運営が難しくなることがあります。

事業譲渡にかかる期間・費用の目安

薬局の事業譲渡は、思い立ってすぐ完了するものではありません。検討開始からクロージングまで、数か月から半年程度かかるケースが多く、条件や手続きが重なると1年以上かかることもあります。

費用面では、仲介手数料、DD費用、契約書作成・レビュー費用、行政手続き支援費用、システム移行費用、看板変更費用などが発生する可能性があります。

仲介会社・専門家に依頼できる支援

薬局の事業譲渡は、買い手探しだけでなく、行政、契約、労務、現場調整まで幅広い対応が必要です。そのため、仲介会社や士業などの専門家を活用するケースが一般的です。中小企業庁も、事業承継における専門家活用や支援体制の重要性をガイドラインで示しています。

よくある質問

薬局の事業譲渡では許認可をそのまま引き継げますか?

原則として引き継げません。開設者が変わる場合、買い手側で薬局開設許可や保険薬局指定の取得手続きが必要になります。

出典:厚生労働省「薬局開設又は医薬品販売業の許可等の申請時の添付書類について」
出典:関東信越厚生局「保険医療機関・保険薬局の指定申請」

従業員は自動で引き継がれますか?

いいえ。事業譲渡では雇用契約は自動承継されず、本人の承諾を前提に転籍手続きを進めるのが基本です。

出典:厚生労働省「企業組織の再編(会社分割等)に伴う労使関係(労働契約の承継等)について」

一部店舗だけ譲渡することはできますか?

できます。事業譲渡は対象事業を切り出せるため、複数店舗のうち一部のみを譲渡したい場合にも活用できます。

どれくらいの期間がかかりますか?

案件の内容によりますが、数か月から半年程度が一つの目安です。買い手探し、DD、契約、許認可の取り直しが重なると、さらに長期化することもあります。

まとめ

薬局の事業譲渡は、地域医療と雇用を守りながら、引退や再編を実現できる柔軟な手法です。一部店舗のみを譲渡したい場合や、法人全体は残したい場合にも向いています。

その一方で、許認可の取り直し、契約の承継同意、従業員の転籍同意など、薬局特有の手続きが多く、スケジュール設計を誤ると保険請求の空白や人材流出といった深刻な問題につながります。保険薬局指定や労働者保護に関する実務上の考え方は、厚生労働省・地方厚生局の公表資料でも確認できます。

出典:厚生労働省「企業組織の再編(会社分割等)に伴う労使関係(労働契約の承継等)について」
出典:関東信越厚生局「保険医療機関・保険薬局の指定申請」

成功のポイントは、譲渡対象の棚卸し、情報開示の設計、基本合意での論点整理、DDでの疑義解消、効力発生日と行政対応の整合を、現場が止まらない前提で組み立てることです。また、高く売るためには、収益性の改善、公私混同の解消、在宅や技術料の説明力強化、キーマンの離職防止といった事前準備が欠かせません。少しでも薬局の事業譲渡を検討しているなら、まずは自社の現状を整理し、必要に応じて専門家へ早めに相談することが、納得感のある承継への第一歩になります。中小企業庁も、早期準備と支援機関の活用を重要なポイントとして示しています。

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この記事の監修者

田中 宏典 <専門領域:医療経営>

株式会社エムステージマネジメントソリューションズ代表取締役。
医療経営士1級。医業承継士。
静岡県出身。幼少期をカリフォルニア州で過ごす。大学卒業後、医療機器メーカー、楽天を経て株式会社エムステージ入社。医師紹介事業部の事業部長を経て現職。
これまで、病院・診療所・介護施設等、累計50件以上の事業承継M&Aを支援。また、自社エムステージグループにおけるM&A戦略の推進にも従事している。
2025年3月にはプレジデント社より著書『“STORY”で学ぶ、M&A「医業承継」』を出版。医院承継の実務と現場知見をもとに、医療従事者・金融機関・支援機関等を対象とした講演・寄稿を多数行うとともに、ラジオ番組や各種メディアへの出演を通じた情報発信にも積極的に取り組んでいる。
医療機関の持続可能な経営と円滑な承継を支援する専門家として、幅広く活動している。
より詳しい実績は、メディア掲載・講演実績ページをご覧ください。

【免責事項】
本コラムは一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の取引や個別の状況に対する税務・法務・労務・行政手続き等の専門的なアドバイスを提供するものではありません。個別案件については必ず専門家にご相談ください。

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